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『忍びの国』 和田竜

kage

2016/08/15 (Mon)

私は歴史小説は苦手意識があり読んだことは無かった。歴史に詳しくないし硬い文体が読み辛く、内容が入ってこないと思ったからだ。
だがこの小説は違った。

『天正伊賀の乱』の史実を背景に描かれているそうなので「歴史小説」なのだが、スリルとアクションの夢の中のような世界へと連れて行かれてしまう。
登場人物すべてのキャラが際立って、主人公が誰だか初めはわからないくらいだ。
とは言っても主人公は伊賀国随一の腕前の忍び『無門』なのだが、やっと彼が登場するのは49ページ目。それまでの硬い歴史書のような文のイメージをひっくり返す飄々とした登場なのだ。ただし飄々としているのは言葉使いだけ。初っ端からいきなり、背後から飛んでくる矢を見ることなく後ろ手で掴むという、かっこいいヒーロー的に現れるのだ。
無門は伊賀随一の忍術の使い手。銭のためなら罪悪感無しに人を殺す。だが普段は美人の女房『お国』に頭が上がらない、へらへらした怠け者。
お国は美人で気品が高く、稼ぎの少ない無門に文句ばかり言い家を追い出すのだ。そのため無門は面倒を見ている『鉄』という少年の家に居候している状態。
鉄も伊賀者だけど、まだ子どもなので純粋さがあり無門を慕っている。
無門はお国をさらって来た2年前から殺しをやめ不精に暮らしていたのだが、雇い主から高額の報酬を提示され2年ぶりに人を殺める。それが伊賀の忍びと伊勢の織田軍との壮絶な戦いのきっかけになるのだ。

伊賀の国では農民を下人として忍びの術を叩き上げ利用していた。無門もそのひとり。伊賀の忍者たちは仲間を平気で見捨て裏切る。銭のためには殺しもする。
やがて、伊賀国では下人や侍同士の争いが続き、報酬の出ない戦いはやりたくない連中は逃げようとするのだが、結局無門は戻ってくるのだ。
無門のお陰で伊賀軍は圧倒的勝利のはずだった。無門は伊賀の国の支配者に反抗するが、そのため仲間であったはずの伊賀忍者たちからの裏切りに合い命を狙われる。
しかし無門は下人の攻撃などさらりとかわす。ところが助けに来たお国が殺されてしまうのだ。そこで初めて大切な人を失う悲しみを知るのだった。
お国を失った無門は姿を消し、無門のいない伊賀国はあっさり敗北。お国の思い出と共に鉄とひっそりと暮らそうとするが、やはり命を狙うものは、またもや現れるのだ。

作中に登場する平兵衛。無門と互角か?と思わせる腕前だが、人の血が通っているのはこの人だけかと思うほど道徳的な人。
無門に弟を殺されるが、それに対し無関心な父親に絶望している。
彼の発した「伊賀の者は人間ではない」
伊賀者をひと言で表わした印象深い台詞なのだが、それを受けて無門がラストに「おのれらは人間ではない」と言うのだ。人の心を持たぬ無門が言うからこそ意味のある言葉。無門にとってお国は「まともな人間になる唯一の手がかり」と書かれている。

けれども、この作品は、伊賀者だけでなく、誰が敵なのか味方なのか分からなくなるほどの、人間の嫉妬、恨み、裏切り、妬み、野心がひしめき合っている。
ナルトのような愛のため仲間のために戦うなんて美しいものではない。身勝手な人間どもの集まりだ。
すべてに裏があり、心の闇が赤裸々に描かれ、人間ってそれしかないのかと思うくらい辛くなるお話。人が虫けらのようにバタバタと死んでいく。主人公である無門でさえ、薄ら笑いを浮かべながら人を殺める男だ。
お国に「卑怯者」と言われても、無門にとっては卑怯を尊び他人を欺くことが忍術の本道と教えられているのだから、他人の不幸をあざ笑うことなど日常なのだ。

そんな殺伐とした作品の中で、人間味が描かれた場面と言えばここ。
高圧的で幼稚で神経質でうざい織田信雄。この男が父に禁じられた伊賀攻めを勝手にやってしまうのが争いの発端なのだけど、一つ目のクライマックスシーンは、「父である織田信長に無視され続けた私の気持ちがわかるか」と言って家臣らの前でおいおい泣く場面。似た場面を大河ドラマでよく観る気がする。
平兵衛の弟も同じ。嫡男以外は大事にされない戦国の世の悲しさ。

そして、平兵衛との一騎打ちで無門は、平兵衛から裏の陰謀の全てを聞かされる。
「伊勢の者は助けてやってくれ」と残し死んでいった平兵衛に無慈悲だったはずの無門が少しだけ情をかけてやるのだ。これまでは仲間が目の前で殺されても死体を蹴って進む無門が、敵に「伊勢の土地に葬ってやってくれ」と頼むのだ。さらに「かわいそうな奴だ」とつぶやく。
この男にも人の心があったのかと思わせる場面。と言うより、今までは人の心を押し殺して生きてきたのかもしれない。
この作品の最高のクライマックスシーンはお国が亡くなる今わの際で、お国が「本当の名を聞かせて」と無門に問う場面。無門はあだ名であって本当の名ではない。
毒の矢が刺さり息絶えようとしているお国を抱きしめながら、無門は自分の半生を泣きながら語るのだ。地の文で語られた無門という男の本心と生き様。もう悲しくて。涙を誘う文章技術が巧みで、素晴らしい作家さんだ。

本能のままに生き、へらへらしてやる気無し。しかし本気を出したらめちゃかっこいい。
まさに無門は大野智そのものだ!
無門は味方にしたら心強いが敵に回したら怖ろしい。
強豪『大膳』との戦いで目にも止まらぬ速さで飛び回る。しかも重たい鎖帷子、鎖袴を装着した状態で。それを外した無門はさらに速い。「網膜に残ったわずかな残像はわが右手へ消え去っている」と描かれている。瞬間移動?
とにかくこの作品はアクションの表現が上手いのだ。無門の忍術や素早さの語法が豊かなのだ。読者が文字で読んでそのまま映像として頭に浮かぶ技術は、上級者じゃないとできない。
小説中盤から次から次へと惹きこまれて行く展開の早さで、途中で読むのを中断できなくなってしまう。
硬い歴史文学でなく魅力あるキャラの台詞の掛け合いや、ハラハラしたり笑えたり。映像で観ても絶対面白いと思う。原作を読んで結末を知っていても映画館で泣く自信あるわ。
構築された世界観を映像化したら、さらに見ごたえある作品になるのは間違いないでしょう。
来年の映画化。今から楽しみだ。



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