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あれから20年

kage

2015/01/19 (Mon)

あれから20年経ったのですね。阪神淡路大震災。
島根でも大きな揺れでしたから。

あの当時はまだインターネットがなくて、情報が遅れて混乱していたのを思い出しました。
全国から救援物資を送ってきてくれるのは良いけど、神戸市役所にあふれるほど集まって、ボランテアが分別するだけでも時間がかかってしまう。送ってくれるときは中に何が入っているか表に書いて、食べ物と他の物を一緒に入れないでくださいとニュースやワイドショーで言っていた。
それに、いっぺんに同じ場所に食べ物を送りつけるから、果物や牛乳が腐ってしまう。少しずつ頻繁に送ってくれたほうがいいとか。古着を送ってくれても、シミがあったりボタンが無かったりで、結局被災者には渡せない。ガレキの町にゴミを送りつけるようなもの。古着ではなく新しい服を送ってくださいとか。
言われてみれば確かに納得だけど、善意がアダになってしまってはもったいない。
東日本大震災では、その辺、ネットの普及で、今何が必要か、リアルタイムに伝わったように思った。

20年前の今日、テレビではずっと地震のニュースばかりで、私も固唾を呑んで観ていたのだけど、情報番組にゲストで出ていた渡辺徹が、『神戸のホテルに泊まっていたけど、レストランも開いてなくてルームサービスもやってない。何時間してからやっとサンドイッチを持ってきて、これくらいしか用意できませんが、と言われた』と言って怒っていた。
ホテルの人も苦労して手に入れた材料かもしれないのに。他の宿泊客には配られなくて渡辺徹だから持ってきてくれたのかもしれないのに。この人は何よりも食い気なんだね~。こんな時でも。と思って、まだ若かった私は一気に渡辺徹が嫌いになったのでした。

地震といえば、鳥取県西部地震。
私の実家でも震度5か6だったと思う。
その時私は実家にはいなかったのだけど、後で聞いた話では、家の居間におばあちゃんと母がいたときにグラッときて、棚から物が落ちてくるし食器も割れる。家のなかにいたら危ないので外に出ようとおばあちゃんが言い、「玄関からだと瓦が落ちてくる、勝手口から出よう」とおばあちゃんが先導指揮をとるけどお母さんは腰が抜けて立てない。そこで当時80過ぎのおばあちゃんは母の手を取り勝手口から外に連れ出し、庭に出たところで揺れはおさまったそうです。
庭の木は折れ大きな庭石も移動し、あちこち壊れ後の修理が大変だったそうです。
その頃お父さんはどうしてたかと言うと、ずっと長いこと2階から降りてこなくて、大分してから降りてきて部屋がぐちゃぐちゃになったのを見ては騒いでいたそうです。
お母さんが言うには、おそらくお父さんも腰が抜けて動けなかったんじゃないかって。
それにしても、おばあちゃんの肝っ玉にはあっぱれでした。さすが大正生まれです。
そういう私は、そのころ別の場所にいたのですが、前はガスタンク後ろは崩れそうな山。さてこういう場合はどっちに逃げるべき? と右往左往していたのでした。

阪神大震災で得た教訓を後に伝えて、と言うけど、イザとなれば慌てふためくだけのような気がするな。
まったく、なんて地震や災害の多い国なんだ。
慣れたくも無いわ。






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