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ライアーゲーム考察 ~実写版と漫画の相違点~

kage

2012/04/04 (Wed)

 原作とドラマの違いを書き出したら、きりがないほどたくさんあります。まず登場人物の設定が違う。ヨコヤやフクナガはだいぶ違いますね。漫画のフクナガはニューハーフですから。
 細かい部分はおいといて、ここでは秋山とナオについて書いていきます。それでも充分長すぎなので興味ある人だけ読んで。

 まず秋山。漫画の秋山は気さくで優しい。古アパートに住んで普段は工事現場で働いている。いきつけの定食屋があったりして、庶民ぽい。
 対してドラマの秋山は、松田君の雰囲気がそう思わせるのか、ティーカップを持つポーズも上品げで、足を組んで座る姿もかっこよく、でんっと登場しただけでキメ顔ばっちり大人のムードが漂っています。
 実写版ではゲーム開始から4年の月日が経っているけど、漫画ではそれほど時間は過ぎていません。26歳のままです。時間の流れ、あるいは女性ファンを意識した実写製作側の演出かもしれない。

 実写と漫画の秋山に共通していることは、ゲームの主導権を握って先頭に立ってみんなを仕切ろうとはせず、はじめは人間観察をして静かに作戦を練って、最終的には秋山の必勝法で勝てるのだけれど、ナオの「みんなが幸せになる方法」を実行し仲間にお金を分け救済する。ライアーゲームに参加している目的は大金を得るためではなく、主催者の正体をつきとめ潰す事。
 そのベースの部分は同じだけれど、細かい部分で違いがあれば秋山の人物像も違ってきます。

 たとえば、シーズン2であった、カツラギとのプロファイリング対決。カツラギが手紙の送り主の少年の心まで読んで、秋山に勝利します。しかし漫画ではこれを行ったのは秋山のほうです。それどころか漫画ではカツラギは登場していません。
 ドラマでは常に誰か(マルチ)を憎み、その憎しみの中から抜け出せないでいる人だけど、漫画では違う。自分の過去が原因で誰かを恨んだり憎んだりしていません。ドSの雰囲気はなく、フクナガに対しても、他の人と同じ態度で接しています。
 漫画秋山は基本的に優しい。敗者復活戦のリストラゲームの終了後、獲得金をプレイヤー全員で分けたために、秋山にドロップアウトさせるお金を渡すことができなかったと悩むナオに、秋山はそんなナオの心中を察して「気にするな」と言っています。そして「人を疑うことは、その人を知ろうとする行為。信じることは、他人を知ることの放棄、すなわち無関心。無関心は疑うより忌々しい行為なのに、多くの人はそれに気づいていない。疑って人の心を見ろ」とアドバイスしています。のちにこのアドバイスのお陰でナオは強くなり、秋山はナオに精神面で救われています。
 ドラマではそんなやり取りはありませんでした。実写ナオは純粋無垢のままなので、映画ファイナルで「人を疑うくらいなら騙されたほうがまし」と言っています。そのため秋山が失楽園されてしまいました。
 実写秋山もナオに対して不器用な優しさはあるけど、ほかのプレイヤーには女であっても敵を見る目で見ています。実写秋山は冷酷で暗い天才、漫画秋山は頭の良い正義の味方といった感じ。

 そして、ナオ。
 実写ナオは、ただのお人よしでバカ正直、秋山にずっと助けられています。シーズン2で少しは成長したけど、秋山に相談なしで他人を助けるために自分を犠牲にしようとするので、秋山は半分あきれながらも、ナオを守ること優先でゲームを進めています。
 一方、漫画ナオは、初めの頃は秋山がいなければ何もできない泣き虫だったけど、密輸ゲームでは秋山やヨコヤを騙したり、イス取りゲームでも自分の考えで行動したり、著しく成長しています。14巻では父親にまで変わったと言われるほどに。
 私の好みで言えば、漫画ナオのほうが好感が持てる。よきパートナーという感じ。実写ナオは秋山のお荷物っぽい。ナオが主人公なので漫画ではナオ視点で書かれているけれど、実写は秋山に取って代わられてしまいましたね。存在感が。
 ナオの「自分ひとりが助かろうと思わなければ全員救われる。それこそがライアーゲームの必勝法」という信念は漫画も実写も一貫していますが、実写秋山はナオの考えに仕方なく乗っかっているだけ。漫画秋山は積極的に賛同しています。

 漫画の密輸ゲームの内容を、ドラマではシーズン1とシーズン2で分けてありました。シーズン1の放送中はまだ密輸ゲームの連載中だったので、結末を放送するわけにいかず、結果を変えたそうです。そういう理由もあってゲームの結果だけでなくヨコヤとの関係も違っていたのですね。
 密輸ゲームはコミックスの4~6巻あたり。私はこのゲームは秋山の人間性がよく分かる傑作中の傑作だと思います。
 ドラマ「ゴールドラッシュゲーム」でもあったように、他国にある自分たちのお金を検査ルームを通さずに自国の金庫に運ぶという作戦を秋山が実行する前に、仲間の3人が騙されお金を相手国にある自分の金庫に運んでしまった。つまり相手国が同じ作戦を先に完了してしまっていたという痛恨のミス。
 ドラマの秋山はその3人を責めもせず殴りもせず、さっさと次の作戦へと移りました。漫画の秋山も責めなかったという点は同じだけど、彼の性格がよくわかる台詞を言っています。
 秋山は「チームのためにやったのか?」と聞くと、ヘマをした3人は正直に「自分のためにやった」と言い謝っています。すると秋山は「それを聞いて安心した。自分の不利になることを言うのは良心がそうさせたからだ。良心の呵責がある人間はまだ救いがある」、と。
 実写秋山はナオ以外の人とは必要以上に接近しないし信用もしない。でも漫画秋山は良心がある人間や、心底悪党じゃない人間は救おうとする広い心を持っています。そのため最終的に相手国を裏切って協力してくれたプレイヤーの借金返済のために、ナオと秋山は4億ずつの負債を背負ってしまう。秋山の意志で他人の借金の穴埋めまでしている。
 ドラマでも秋山はヨコヤやカツラギを救済したけど、それはナオに頼まれたから。そうでなかったらばっさりトドメを差そうとしていました。
 
 そしてここからが大事なポイント。
 漫画では密輸ゲームで、秋山チームは勝負に負けてマネーを獲得する策で得をしました。しかし、秋山が犯した重大なミス。ヨコヤ個人に10億以上のもプラス収支を出してしまったのです。秋山の理想とするのは「獲得したマネーをみんなで分け合い、事務局に儲けさせないこと」そのためには圧倒的勝者を出してドロップアウト料で事務局を儲けさせてはいけなかった。秋山は事務局と闘うためにライアーゲームに参加しているのですから。
 ヨコヤは秋山の失敗をあざ笑いみんなの前で侮辱します。ショックを隠しきれず言葉も出ない秋山。するとナオがヨコヤに「あなたは敗者です」と言ってヨコヤの感情を逆撫でします。ヨコヤはこれまで何億と儲けてきました。そのため多くの人が負債を抱えている。だからプライドの高いヨコヤを挑発することでドロップアウトさせず次のゲームにも出させ、今度はヨコヤからマネーを奪い取ってそのお金で多くの人を救済する。それがナオの狙い。
 秋山は言います。「お前、強くなったな」
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 そして秋山は心の奥を吐き出します。
「闘う相手はプレイヤーじゃない、事務局だ。ならばヨコヤを儲けさせてはいけなかった。ヨコヤを沈めて他のメンバーの傷を少しでも軽くするべきだった。俺はヨコヤの口座にカネが流れていることに気づいていたが、何もしなかった。下手に動いて作戦がばれるかもしれないし、こっちのカネが減るかもしれないからだ。それとヨコヤのチームの3人を誘い込むときに、心底信用していたわけじゃない。利用していただけだ。俺もヨコヤと変わらない」
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 そう言って秋山は自分を責め立てます。
 ドラマでもヨコヤとの対決で激しく取り乱していましたが、それはヨコヤへの憎しみから。でも漫画秋山は自分の心の中の冷酷な部分を自虐的に責め苦しんでいる。自分の良心と邪心が闘っているというか。
 秋山は母の死やマルチグループとの闘いで、今でも人を信じられなくなり心に闇が存在しています。人間への失望とか憎しみとか、まだ癒えない心の痛みは深く残っているのです。
 そんな秋山を実写ナオは少しずつ光へと導いていった。それは秋山も気づいているだろうけど。
 秋山は母を騙して自殺に追い込んだマルチを逆に騙し返して詐欺罪で服役するなど、自分が不利な立場になったとしても自信満々で実行する大胆な行動力のある男。騙されやすく弱い人間を放っては置けないタイプ。ドラマではクールでドSなイメージが強いけど、映画再生ではみんなを助けるヒーローになっていた。
 漫画秋山は普段は陽気に振る舞い心の闇は表に出さないけれど、ナオにだけ本音を出してくれた。それなのに漫画ナオは泣くことしかできない。まだまだ秋山の希望の光にはなっていないようです。ナオがもう少し大人の女になって秋山の心を救済できればいいのだけれど。

 密輸ゲームの次のトーナメントの7巻で、秋山は不安がるナオの肩をたたいてこう言います。
「言ったろ。絶対に勝つって。お前のことは必ず俺が守る。信じろ」
 恋愛要素の少ないライアーゲームでこんなこと言われたら、もしかして秋山はナオのことを…?と思ってしまいます。ナオも秋山の気持ちが気になる台詞を言っているし。(でも好きとは言っていない)
 かと思えば最新の入札ポーカー編では「俺はお前のことを気にかけているからここにいるんじゃない」発言。冷たい言い方ですが、秋山がライアーゲームに参加し続ける理由は、多くの人を苦しめるライアーゲームが許せないという正義感から。ナオのためと言うより皆のため。ナオより重症のお人よしですね。
 映画ファイナルステージでは二人はラブっぽかったし、あの思わせぶりなラストは女の子ファンはキュンキュンしてしまいます。でも、秋山とナオの関係は付き合うとか恋人とか、そんな風にはなって欲しくないというか。まだ早いと言うか。
 ドラマでもナオに「秋山さんは温かい」と言われ微妙な反応していましたね(漫画では照れ笑い)。本当にライアーゲームが終結するまでは二人は信頼できるパートナーという間柄、その程度だと思う。
 ファイナルステージの段階では、主催者もいなくなりゲームの続行もできないという理由で完結していたので、その後二人は会う理由がなくなって別れたのか、続いているのか、想像するしかありません。原作が完結していない以上、勝手に二人を結びつけたり離したりできないのでしょう。あやふやにしておくしかできませんから。
 小説版ファイナルステージの表紙でも、二人は手を繋ぐか繋がないかの距離感がある。二人の関係がここに表われていると思う。

 映画ではナオがいなくなったし、漫画も休載しているので、今後の展開がものすごく気になってしまいます。最新の14巻では伏線が張り巡らされ、ますます興味深くなってきました。ライアーゲームの正体とは、事務局の連中は何者なのか。やっとそこに触れましたか。
 原作あってのライアーゲームだけど、だんだん秋山も漫画と実写は別の人物のように動いているし、ヒロインが変ればストーリーも変更しないといけないでしょうから、漫画も実写も両方ファンの私としては、別々の話として2度楽しめるので楽しみも2倍ですね。
 漫画原作者さんは、本当忙しくて大変だと思う。あの秋山を生み出すと言うことはそれ以上に天才じゃなかろうか。
 しっかり休んだら、連載再開してください。待ってます。

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この記事へのコメント

kage

あ 様

私の無駄に長い文章を読んでコメントまでいただけるとは…。ありがとうございます。

そうですね。ナオの天真爛漫さとアキヤマのクールさが、極端だからこそおもしろいですよね。
最初は深夜ドラマだったし制作側もここまで人気作品になるとは思わなかったのでしょう。原作のフクナガのニューハーフも、少数決のネタのためだけの理由ですからね。その後はどうでもいい設定だし。
そういう主人公以外のキャラがドラマでは濃いので、誰が観てもおもしろい作りになっているのかな。漫画は青年漫画だから、内容も男性(おじさん)好みに作ってあるというか。アキヤマとナオの関係もそういう意味で女性受けしない描かれ方になっているから。
ドラマ&映画の二人は女の子が観てもキュンとなるシーンが置かれているでしょ。でも漫画にはほとんど無し。ゲームそのものをさっさと進めている。そこが私には物足りないんだけど、青年漫画だから仕方ないかなと。

ナオのために仕方なく…と言うとちょっとニュアンスが違いますね。ナオを守りたいのはアキヤマの本心だから。映画ファイナルステージが名作だったから、再生は「は?」って感じでしたね。やっぱりライアーゲームはカンザキナオがいなくちゃダメでしょう。

ドラマの二人は恋愛要素が強くて、女の子ファンが多いですからね。ゲームの行方と同時に二人の関係も気になってしまう。漫画でも二人はよきパートナーだけど、それはゲームに勝利するためだけなの? 漫画ではその辺が描かれていないけど、男性読者はそれよりもゲームの展開のほうが気になる。
つまりドラマは女性向き、漫画は男性向きに作られているんだなと。
私は女性なので実写のナオもアキヤマも好きだし、あなたの書かれた事にはものすごく共感できます。
次の映画化も楽しみですね。

Posted at 23:53:19 2013/02/21 by 朔の月(さくのつき)

この記事へのコメント

kage

実写版キャラクターの差をつけるために秋山を正義の味方ではないキャラにしたんだと思います。それは、なおちゃんとの差です。

キャラの性格が違うほどぶつかったときの葛藤はおもしろいです。それを狙って秋山をなおちゃんとは違って暗い感じのキャラにしたんだと思います。
これにより、なおちゃんの純真無垢さや秋山の冷静で冷たい雰囲気がより引き立ちます。

漫画より短くストーリーをつくるためにフクナガはおかまキャラにしなかったのかなと。おもしろい設定ですがその要素がなくてもストーリーが成り立つためハブかれた設定なんだと思います。

本文に秋山はなおちゃんのために仕方なくと書かれていますが、人を信じてやまないなおちゃんの心に秋山は心動かされて行動しているように実写版はつくってあると思います。

その気持ちに視聴者も感動するとも思います。
実際なおちゃんはお荷物キャラのようにも見えますが、最後はなおちゃんのおかげで心が救われるような心理に描かれていると私は思います。

実写版秋山ひとりではただゲームで騙し合いをして勝利するようなキャラになってしまうのを、なおちゃんのキャラを入れることでストーリーがハッピーエンドにもっていけるおもしろさがあると思います。

それを完成させたのが映画版の失楽園だと思います。人を信じ続けるなおちゃんという仲間がいたから秋山は勝利できた。ヨコヤが助けにきてくれたのもなおちゃんへの恩返しですし、みんなが赤に投票さしたのもなおちゃんのおかげです。
秋山の頭脳なしではなおちゃんみたいなキャラはすぐに脱落しますが、あのふたりだからこそ成し遂げられる良きパートナーとして作られていると思います。

あのドラマも映画もシナリオを描いた人は、原作の基本がおもしろいストーリーだったからにしてもすばらしい構成力だと感じました(>_<)キャラが取りあえずよかった。
戸田恵梨香が演じたなおちゃんが私は大好きです。福永も大好き。

再生はなおちゃんのようなキャラではなかったのでお荷物感を感じて見ていてしんどかったです(普通の人間らしさがあるが)

あの実写版はなおちゃんのような普通は有り得ないキャラだからこそ夢があるんだと思います。再生はおもしろいてすが、たべちゃんの演じたキャラの話をかき回す行動から応援したい気持ちが薄まりました。ふりまわされるのがしんどい。最後は彼女のおかげのようにつくられてはいますが貫通した(人を信じてやまないなど)部分が薄かったので。
それに、なおちゃんは秋山のお荷物だけではないので。

 
あっと驚くような心理展開に(形勢逆転)も本当にライアーゲームはすごいと思います

Posted at 12:30:48 2013/02/21 by あ

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kage


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