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朔の月1/2

kage

2008/09/26 (Fri)

web上のネームって、男か女か分からない人多くないですか。とある小説投稿サイトでも、この人、気取って悪ぶっている男の人だろうな…と勝手に思いこんでいたら、実は可愛い16歳の女の子だったことがある。小説の文体だけで、作者が男か女か決めてしまうことはできない。たいてい私の予想ははずれる。男の人が男らしい、女の人が女らしい作品を書くとは限らない。

漫画『結界師』作者、田辺イエロウ。
   『鋼の錬金術師』作者、荒川弘。
この二人に共通することは、初連載にして人気絶頂作品を生み出し、漫画賞受賞。自画像が動物(田辺氏はペンギン。荒川氏は牛)アニメ化もされ、丁寧な絵と優しい主人公を描く。
それ以外で私を驚かせたこの二人の共通点……。
それは二人とも女性だったのです!

メカ物だったり、激しいバトルシーンもあったり、台詞もかっこいいし、なにしろ14,5歳の主人公の少年の心理がよく描けている。
さすが、厳しい少年誌の世界で生き残ってきただけのことはありますな。性別は関係ないってことでしょうか。でもなんで、男っぽいペンネームにするんでしょう。
D.Gray-man の作者、星野桂。性別非公開らしいですが、私は絶対女性だと睨んでます。絵もストーリーも少女漫画チックだもん。いやでもどっちだろ。性別を隠そうとすると、余計気になる。
男の人が女の振りして漫画を描く。そんなドラマもあったなぁ。
作者が謎めいているほうが、興味をそそりますねぇ。

かく言う私はどっちだ? 実は男だったりして……。

小説『失恋のススメ』

kage

2008/09/18 (Thu)

恋愛小説 久しぶりに書いてみました


  失恋のススメ

 浩志が首の後ろを掻くのは、焦ったときによくする癖だ。一週間前、待ち合わせに遅刻したときもやっていた。そして今も盛んに掻いている。私の目の前で目を合わさないようにうつむいて座る、この男のその癖が腹立たしくて、わざと冷たい目線を投げかける。
 珍しく浩志のほうから呼び出すものだから、わざわざ来てあげたのに、この仕打ちは何?
今ここでめそめそと涙の一筋でも流してやろうか、と企んでみたけど、思うように涙は出てくれなかった。仕方が無いので、ふうっと声を出して大げさにため息をつく。

 浩志は私の彼氏だった。そう、たった今から過去形になった。
 エリコにはもったいないくらいの優しい彼だよね、と友達は言うけど、付き合いたいと言ってきたのは、あいつの方だ。私から先に好きになったんじゃない。
 まぁ、高校は女子高だったし、職場もおじさんばっかりだから出会いもない。今までもてた覚えが無いのに初めて告白された訳だから、断る理由もなく、即OKしたのは私だけど。二十年間の人生で最初の彼氏だから、有頂天になって友達に自慢したのも私だけど。
 いつだって彼は私に優しかった。そう、あの日だって――。

      ◇

「今すぐ来て。駅前のカフェ。知ってるでしょ」
『今すぐは無理だよ。バイト中。もうすぐ終わるから待ってて』
「じゃあ、終ったらすぐ来て。すぐよ」
 そう言って携帯電話を耳から放すと、向かいに座る友達のマキが頬杖をつきながら皮肉めいた口調で言う。
「エリコの彼氏、便利よねー。呼び出したらすぐ来てくれるんだ」
「マキが彼氏に会わせてって言ったんでしょ」
「だって。わがままエリコ様と付き合う男って、どんなお人好しか見てみたかったんだもん」
 マキは意味深な笑みを浮かべて、アイスティーに刺したストローを必要以上にぐるぐるとかき回してみせた。
 浩志は私が会いたいと言えば、大学の講義をサボってでも、どんなに夜遅くても、すぐに来てくれる。そういうのがお人好しというのだろうか。彼氏なら当たり前でしょう。
 私の頼みは何でもきいてくれるし、私の嫌がることはしない。背が私より低いのがちょっと気に入らないけど、顔はまあまあだし、そういった意味では理想的な彼氏だ。初めて付き合った人にしては『当たり』だった。
 マキとおしゃべりしながらも、目線はつい腕時計へ。浩志の到着が気にかかる。

 私の苛立ちが沸点近くまで来た頃、自動ドアが勢いよく開くと同時に、浩志が急いで店の中に駆け込んできた。
 私が軽く手を挙げると、こちらに気がついた浩志は、気まずそうに私達のテーブルに近づく。
「遅いわよ」
「ごめんごめん。これでも急いで来たんだよ」
 浩志は汗を拭きながら私の隣の席に座ると、オーダーを取りに来た店員に、ジンジャーエールと言った。
「へぇー、これがエリコ様の彼氏かぁ」
 マキは興味深そうな目で浩志をじろじろ見てから、エリコのどこが好きなの、どんなデートしてんの、としつこく話しかける。浩志はマキの質問攻めに戸惑いながらも、素直に答えていた。
 私は浩志の受け答えを黙って聞いていたけど、あまり期待した答えが出てこなかったのが不満だった。

 店を出るとき、伝票を持って立ち上がる浩志に、マキが言った。
「甘やかすと、つけあがるわよ」
 浩志は何も言わなかったけど、苦笑したように見えた。
 失礼ね。つけあがるって何よ。彼氏なら言い返しなさいよ。

 浩志の運転する車の中から、街路樹が一定のリズムで通り過ぎていくのを、無気力に見つめる。
 さっき浩志は、エリコのどこが好きの質問の答えに長い間があった。その態度を思い起こして無口になっていると、私の不機嫌に敏感な浩志が、せっせと話しかけてくる。浩志の必死な御機嫌とりを無視して、CDを取り替えようと、カーオーディオの取り出しボタンをおす。
「幸田クミないの? 今日は幸田クミの気分なの」
「無茶いうなよ。持ってないよ」
 もう、と怒って私は近くにあった男性アーチストのCDを荒々しく入れると、恐ろしくボリュームを上げる。
「もっと小さくしてくんない。運転に集中できないよ」
 たまらず浩志がそう言う。
「私は、大音量でききたいの」
 CDに負けないぐらいの大声で叫ぶと、浩志はそれには答えず、無表情にまっすぐ進行方向を見て運転していた。夕方の渋滞時、ゆっくり進む車の中に奇妙な空気が漂う。息苦しくて窓を開けた。
「わかんねーな。何に怒ってんだか」
 別に怒ってないし。困らせたいだけ。反応を楽しみたいだけ。浩志こそ何でわかんないの。

 私のアパートに着くと、当然のように浩志も部屋の中に入る。デートの最後はいつも私のアパートだ。
「何か作るよ。パスタでいい?」
 私は小さなキッチンに立つと、スパゲティを茹でて、別鍋でレトルトのトマトソースを温めた。十二分もあればすぐ出来る。浩志はお皿とフォークを食器棚から出して並べている。いつものことだけど気が利く奴だ。
 茹で上がったスパゲティにレトルトのソースをかけていると、後ろから眺めていた浩志が眉をしかめて言う。
「あー、トマトソースか。俺、すっぱいの苦手なんだ。クリーム系のほうが好きなんだけどな」
 文句を言いながらも、お皿をテーブルに運ぶのを手伝ってくれる。いつものことだけど可愛い奴だ。
「贅沢言わないでよ。私が手料理作ってあげたんだから」
「手料理って。レトルトだろ」
「何よ。文句あるの? クリーム系食べたいのなら、新しいパスタ専門店が出来たから、そこに連れてってくれればよかったじゃん」
「うーん。今お金ないから、バイト料入ったらな」
「これだから学生は。情けないわね」
 浩志は苦笑いしながら、トマトソーススパゲティを食べ始めた。
 食べ終わってフォークを置くと、ポケットから煙草を取り出した。
「ちょっと。外に出て吸ってくれる? 煙草の臭いが服や髪の毛につくのが嫌なのよ」
「わかったよ」
 そう言って浩志は玄関のドアを開けて表に出た。たぶん、ドアの前に突っ立って煙草をふかしているだろう。

 浩志とはこんなに仲がよかったのに。一度も喧嘩したことはないのに。
 食事に行ったり家に泊まりにきたり、極普通のカップルだったのに――。

     ◇

 それがどうして、今、浩志から別れ話を聞かされないといけないの。
 浩志にこのカフェに呼び出されたのは二度目。一度目は付き合って欲しいと言われたとき。
 ありえない。私が浩志に何かした? この私のどこが悪いと言うのよ。
 私は首の後ろを掻き続ける男に、別れの理由を問い詰めた。言い渋る浩志は、情け容赦なく睨み続ける私を上目にみると、他に好きな人が出来たんだ、と小声で言った。
 男って浮気をする生き物だとは聞いていたけれども、浩志も同じ種族だったとは。

 二人の間に置かれたアイスコーヒーの氷が溶けて、透明と茶色の層を作っている。それに目を落とす浩志。浩志をにらむ私。
 夜のカフェはカップルばかりだ。幸せムード漂わせる彼らには、呼吸するのもやっとの二人など目に入らないだろう。
 長く感じられる沈黙。重い空気に苦しめばいいわ。
 しかし、沈黙に耐えられないのは私も同じだった。別れ話にうろたえるのは見苦しい女のすること。そして今まさに私は見苦しい女だ。頭に血が昇って冷静さを装う余裕がない。プライドを忘れた言葉が後を突いて出る。
「私のこと好きだったんじゃないの? なのに何で?」
「……君が嫌いになったんじゃないよ」
「意味わかんない。その女と私と、いったいどこが違うのよ」
「……君にはないものが、彼女にはある。それだけだ」
 浩志が哀れむような目で私を見るのが悔しい。もっと冷たく言い放てばいいのに。お前が嫌いだと。最低の女だと。
 そっちから別れをきりだしておきながら、最後まで優しいのは卑怯だわ。

 浩志は私を店に残して立ち去っていった。振り返りもしないで。
 なによ、これ。私は振られたの? ありえない。

 失恋ってもっと悲しくて苦しいものだと思っていた。なぜだろう。今はただ甚だしく悔しくて情けない。 誰だかわからない女に負けたからだろうか。ショックというより怒りに似た感情。
 突然の別れの宣告から二週間経つが、浩志は何の連絡もよこさない。もちろん私から電話なんてしない。すがり付く女みたいなかっこ悪いマネなんかできない。振られた理由も納得できない。
 この私がいったい何をしたって言うのよ。私に何が足りないの? 

 日曜日、何もすることがないのでアパートでぼんやりしていると、マキから食事の誘いの電話があった。マキは私が振られたことをまだ知らない。このまま一人でいても、ため息で体中の空気が抜けてしまいそうなので、気分転換に出かけることにした。

 アパートの近くにできたパスタが美味しいと評判のお店。浩志と行くはずだったのに。
 私たちは店に入ってすぐの窓際の席に座った。バッグを置こうとして体を横に向けると、奥のテーブルに見慣れた男の姿が見えた。慌ててバッグで顔を隠す。
 浩志だ。なんであいつがここにいるのよ。
 一緒にいる女が新しい彼女だろうか。黒い髪を後ろで一つに束ねた清楚な感じの子。後ろ姿の印象はそんなところか。私は背中を向けながら、横目で彼女を盗み見る。
 テーブルとテーブルの間に、観葉植物の大きな鉢が置いてあるので、向こうからこっちはよく見えていないはず。でも話し声は聞こえる。体はマキの方を向きながらも耳は二人の会話を聞き取ることに集中する。
 二人は時々笑い声を立てながら、バイト先での変わったお客さんの話をしているらしく、彼女の「いやだぁ、浩志くんたら」のゆっくりした高い声が耳に残って、無性に腹が立った。時々ちら見をしている私に気がつかない浩志が歯がゆい。もっとも見つかっても困るのだけれど、隠れようとしている自分もなぜだかもどかしい。

 そんな私の横を通って、店員が奥のテーブルにお皿を二つ運んできた。二人はサーモンクリームスパゲティを頼んだようだ。
 わぁおいしそう、と楽しげな声を出す彼女に浩志が言った。
「そういえば、クリーム系は重すぎるからあまり好きじゃないって言ってなかったっけ?」
「んん。そうだけど、同じもの食べておいしいって思いたいもの」
 浩志はそうか、と言って、フォークを手に取った。
 なに、あれ。自主性のない女ね。
 浩志は胸のポケットから煙草を取り出すが、テーブルに灰皿がなかったらしく、視線を左右に漂わせる。それを見た彼女が、手を挙げて店員に合図をすると、「すいません、灰皿ください」と言った。
 グラスの上げ下げも煙草のくわえ方も、私の知る浩志ではなかった。二週間会わないだけで、私の浩志はあの女の浩志に変わっていた。嫉妬心が嵐のように渦巻く。
 浩志が今着ているシャツは、去年の夏一緒に買いに行ったものだ。私が選んだブルーのニットシャツ。私の前では一度も着たこと無かったくせに。悔しい。

「ここのお店、おいしい。連れて来てくれてありがとう」
「おいしいだろ? 君に食べさせたいと思ってたんだ。今度はどこの店にする?」
「それより、お弁当持って、公園に行きましょうよ」
「それじゃあ、この前作ってくれた肉じゃが、また作ってくれよ」
「ええ。いいわよ。あ、浩志くん。口の横にソース付いてるよ」

 なに、この会話。この女は媚びてるの? 甲斐甲斐しく浩志を構わないでよ。私と一緒の時は、気を遣ってくれるのも、食べ物の好みを合わせてくれるのも浩志の役割だったのに。
 今まで私はずっとそうしてきたし、浩志も何も言わなかったじゃない。それのどこがいけないの? なのに浩志ったら満更でもない顔で、口の周りを拭いてもらったりして。
 なんなのよ。なんなのよ。なんなのよ。私といる時の浩志と全然違うじゃないの。なぜあの子といるとそんなに嬉しそうなのよ。


「―― どうしたのよ。さっきから黙り込んで。怒った顔してるし」
 マキに言われてびくっとする。目の前に置かれたトマトスパゲテイはすっかり冷めていた。
「うん、なんでもない」と、努めて微笑んで見せて、少し硬くなったパスタをフォークでほぐす。
「ねえ、マキ。今好きな人いる?」
「いるよ」
 パスタを絡め取りながらマキが答えた。
「彼氏とうまくいってんの?」
「うーん。どうだろう。彼は私だけを見てくれるわけじゃないからね」
「はあ? なによそれ。よく平気だわね。許せない、そんな男!」
 私は感情込めて、と言うより憎しみ込めて、フォークを掴んだ手でどんと音をたててテーブルを叩く。
 マキは窓の外の景色を眺めながら言った。
「相手を好きと思うだけで幸せなんだよ。彼を好きになった自分に満足してるかな。彼の笑顔だけで満たされるの。彼が私のこと好きでいてくれるなら、彼の気持ちと対等な気持ちで応えたい。どちらかが強すぎても弱すぎてもいけない。バランスも大切だからね」
 マキはグラスの水を一口飲んでから続けた。
「辛くない恋は無い。でも恐れていては恋はできない。今は生きる希望と喜びを与えてくれる彼に、感謝しているかな」
 私は、マキのゆっくりとした、まるで自分自身に語りかけているような言葉を黙って聞いていた。
 マキは話し終わると、フォークで器用にサラダのレタスをまとめて口に運んだ。

 マキはいつもハードルの高い高望みの相手や、妻子持ちの男を好きになる。昔からそうだった。そして今も報われない恋をしているのかもしれない。それでも幸せだなんて、私には共感できない。
「好きと思うだけでいいなんて、それは不幸だわ」
 そう言う私に、マキは否定も肯定もせず、口元だけで笑った。

 その時、後ろから椅子を引く音がして、浩志と彼女が立ち上がる気配がした。浩志の数歩うしろを彼女がついて歩く。誰が見てもお似合いのカップル。
 私の横を通り過ぎても、浩志は気がつかないなんて。二週間ですっかり他人になったということなのだろうか。浩志の背中をぼんやりと見送る。


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店を出た後、マキとカラオケに行ったが、今ひとつ盛り上がらなかった。
 無意識に悲しい曲ばかり選んでいる。ますます自分が沈んでいくとは分かっていたけれど、こんな気分で浮かれた恋の歌なんか歌えない。
 パスタ店でのマキの言葉を思い出す。そんな恋愛の形もあるのだろうか。おいしいものを食べに連れて行ってくれたり、欲しいものを買ってくれたり、そんな付き合い方じゃないと私は満足できない。笑顔だけで何が満たされると言うの。頭の中に様々な思いが入り混じり、整理できない。
 マキが歌うこの曲。私と浩志のお気に入りで、よく二人で聴いたっけ。
 スピッツの寂しく繊細な歌なのに、なんだか胸に刺さって痛い。
 曲の間奏がうつろに鳴り響くのに乗せて、マキがマイクを通して「もう帰ろうか」と言った。

 マキと別れた帰り道、雨が降り出した。初めはぽつぽつと身体に落ちてきた雨の粒は、無情にもだんだん激しくうち付ける。
 迎えに来てくれる浩志はいない。この雨は惨めな私にとどめを刺しているつもりなのか。
 びしょ濡れになってアパートにたどり着くと、洗面所の棚からタオルを取り出した。鏡の前に置かれたコップの中には、捨てることのできない彼の歯ブラシ。持ち主はもうこの部屋に来ることはないというのに。

 私にとっての浩志は、ただの便利な男だと思われているだろう。マキには。浩志にさえも。
 今改めて思った。あいつは初めて好きになった人だ。誰に何と思われようと本気だったのに。
 浩志が私を呼ぶ「エリコ」の声が好きだった。他の誰かが言う「エリコ」よりも。
 運転中に繋いだ左手も、ご機嫌を取ろうと必死な目も、私から無くなるなんて考えたこともない。何があってもそばにいてくれると信じていた。
 人を好きになるって、切なくて苦しいことだったんだ。
 私は彼の優しさにつけ込んでいたのだろうか。浩志の優しさは残酷だ。自分がなおさらお馬鹿さんに見える。

 私の頬を伝う雫は雨だと思っていたけれど、拭いても後から流れ落ちてくる。
 涙の理由を冷静に考えようとしたら、頭に浮ぶのは、あの日浩志の好きなクリームスパゲテイを作ってあげればよかったのかな、ってことばかりで。たぶん別れの理由はそれだけではないのはわかっているけれど、今はそのことばかりが悔やまれる。
 これが失恋というものなのだろうか。後悔と反省が繰り返し交互に押し寄せる。
 あいつの前で見せたかったな、この涙。悔しくて無理に笑おうと努力しながら、天井を見上げた。

 次の日、私の足は、彼女の勤めるデパートの地下食料品売り場へ向かっていた。彼女の地味な仕事振りを、この目で見てやりたい気分になったからだ。確かサラダコーナーでバイトをしていると浩志が言っていた
 彼女は髪をひとつに束ね、店の白いエプロンを着けている。化粧気はないけど古風な顔立ち。やっぱり男は顔のいい女が好きなんだ。売場から少し離れた場所から、しばらく彼女の様子を観察してやろう。

 彼女は、耳の遠そうなおばあさんに、ゆっくり大きな声で金額を伝えている。スローモーションのように財布を取り出して、小銭を一枚一枚並べていくおばあさんの動きを、笑顔で見守っている。並べ終わったお金を受け取ると、売り場のガラスケースの前に出てきて、丁寧に品物を両手で渡していた。ゆっくりと売り場を離れるおばあさんの後ろ姿に、「段差あるから気をつけてくださいね」と声をかけていた。
 そして次のお客さんにも同じように明るく対応している。親しみ込めて愛情込めて。まるですべてのお客さんが家族か友達のように。

 そんな彼女の様子を、私はずいぶんと長い間眺めていたような気がする。なぜだかその場から動けない。
 彼女の笑顔は柔らかで温かい。棘のない薔薇のように、さりげなく美しい。生き生きと働く姿がとても眩しく見えた。
 彼女は私に無いものばかり持っている。素直さを。純粋さを。優しさを。人を幸せにする笑顔を持っている。
 マキは彼の笑顔だけで幸せになれる、と言った。その言葉の意味が、今わかった気がする。

 私はサラダコーナーのガラスケースの前に立つ。彼女は私が浩志の元カノだとはおそらく知らない。 顔色を変えずに「いらっしゃいませ」と笑顔で言うと、私が注文するのを待っている。
 私は綺麗に並べられた色とりどりのサラダの方向を見ながら、「白菜とグレープフルーツのサラダ、二百グラム」とすまして言う。
 彼女は、「はい」と高い声で言うと、手際よくサラダをパッケージに取り分け、真剣な目で秤を見ている。私はてきぱきと動く彼女を横目で見ながら、ぽつりと言った。
「男って肉じゃがに弱いのよね」
「は?」
 彼女は手を止めてこちらを見た。
「肉じゃが作れる女は家庭的って決め付けているのよね。ばかみたい」
「……はぁ」
 彼女はサラダを包みながら困ったように返事をした。
「肉じゃが……作ってみようかな」
 小声で言うと彼女には聞こえなかったようだ。「お待たせしました。三百六十円です」と愛想のいい顔つきで朗らかに言った。
 代金を支払って品物を受け取ると、彼女は「ありがとうございました」と、やはり眩しい笑顔で頭を下げた。
 彼女の笑顔は私に感染したらしい。「それじゃあ」と言って彼女に負けない笑顔を返した。
 なんだろう、この感じ。学校で友達と下校の挨拶をしているような感覚。

 私の中に、ここに来る前にはなかった気持ちが生まれたのが自分でもわかる。ほっとしたような安心感。浩志もこんな安らぎが欲しかったのかもしれない。解放してあげよう。これが私の愛情。
 私達は、同じ速度で同じバランスで、愛し合うことが出来なかっただけ。素晴らしくあきらめがいい自分に驚きながら、不思議と足取りは軽い。誰かの為に、肉じゃがを鼻歌交じりに作る自分を想像したら、笑えてきた。

 冷房の利きすぎるデパートの、重たいドアを押して外に出た瞬間、身体を覆うぬるい熱気と太陽の光。じりじりと照りつける日差しを正面で受け止めて、日焼けを気にせず颯爽と歩こう。
 そうだ、これから美容院に行こう。髪を短くカットしよう。私に似合うに決まっている。
 そして、きっとまた、私は誰かに恋をする。
 

                                            了


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まだ旅立ちたくない

kage

2008/09/13 (Sat)


絵本を読んで泣けた。
秋元康さんの長編小説『象の背中』。映画化コミックス化されましたが、それの絵本版です。
ネット配信されているアニメバージョンの、主題歌(JULEPS・旅立つ日~完全版)の歌詞がそのまま絵本になっています。
この歌を初めて聴いたとき、ポロポロ泣いてしまいました。優しいメロディーと歌詞に自然と涙が溢れ出ます。
歌の歌詞をここに載せるのは、著作権云々でNGなので、絵本のあらすじを書きます。

ある日突然、象さん家族の家に神様がやって来て、お父さん象に命の期限を告げます。何も知らない妻と子供たち。悩んだ末お父さん象は、妻に神様から告げられたことを言い、残された月日を家族と共に幸せに過ごす決意をします。
そして、神様が迎えに来ます。
残された妻と子は、賑やかな毎日の生活の中でも、お父さんを思い出さない日はありません。お父さんに肩車してもらっているよその子を見て、妹がダダをこねたり、キャッチボールしてくれた時を思い出し、泣きながら寝る兄を寝かしつける妻も泣いていたり。
そんな様子を雲の上から見ているお父さんの涙が雨になって、家族の家に降り落ちます。
お父さんが買ってくれた浮き輪でお母さんと海で遊ぶ妹。浜辺で拾った貝殻にお父さんへの手紙を書きます。その貝殻の手紙を神様が雲の上のお父さんに届けてくれます。
その手紙には「ありがとう」と書いてありました。
泣いた夜も朝になれば虹がでる。お父さんはいつも暖かい日差しになって、家族を見守っています。

なんで泣けるのか……。それはやはり、旅立ちを告げる神様は誰にでも訪れるから。
もし大切な人がいなくなったら。自分が誰かを残して旅立たないといけなくなったら。
そんなことを考えてしまうからかなぁ。
「千の風になって」で日本中が泣いたのと同じか。モントリオール世界映画祭でグランプリをとった「おくりびと」も共通するものがあると思う。
人の死や家族愛を、優しく重く大切に考える人が多いってことか。世の中捨てたもんじゃない。

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犬夜叉54巻感想

kage

2008/09/07 (Sun)

背中に埋め込まれた、最後の四魂のかけらのお陰で命を繋いでいる琥珀は、奈落により背中を貫かれ、かけらを奪われてしまいます。奈落の持つ四魂のかけらは、桔梗の残した一筋の光により、玉が完成したと同時に浄化され奈落は滅びる、とされていました。しかし桔梗の光は奈落の持つかけらを離れ、琥珀の命を救うために、琥珀の身体に移った、つまり、奈落は桔梗の光を失い、汚れに満ちた玉を手に入れてしまった。

もともとは、見動き出来ない野盗が、桔梗を連れて逃げる身体欲しさに妖怪たちを寄せ集め生まれたもの、それが奈落。奈落は汚れに満ちた四魂の玉を手に入れるために、犬夜叉と桔梗を騙し、憎しみ合わせた。
そして、とうとう汚れた四魂の玉を手にした奈落は、玉を使って何もするつもりはない、と言う。もし奈落が犬夜叉たちを倒したとして、その先に何があるのか。奈落の本当の望みとは何なのか。どうやら奈落本人も分からないようです。

そして四魂の玉を使って巨大な蜘蛛に変化した奈落のもとへ、犬夜叉一行(大人組)が向かいます。子供組(邪見含む)は、楓の村でお留守番。
一足先に奈落の元へと駆けつけた殺生丸は、奈落の体内に人質に取られたりんを救うために、ためらいも無く巨大な蜘蛛の体内へ乗り込んで行きます。その後へ続く犬夜叉一行。犬夜叉たちをおちょくるように、ひょっこり顔だけだして憎まれ口を叩いては消え、またひょっこりを繰り返す奈落。
奈落の体の奥にある汚れた四魂の玉に近づくにつれ、犬夜叉は毒気にやられ妖怪化してかごめを襲います。以前は妖怪化しても理性は失わなかったのに、ここに来てなんで?
犬夜叉に押され、崖(肉塊)から落ちて気を失うかごめの元へ現れた殺生丸。かごめを起こすわけでもなく、気がつくまで側にいて、まるでハエを追い払うかのように、飛んでくる妖怪を片手でぺちぺち払い落としてくれています。再びりんを探して歩く殺生丸の後について行くかごめ。「あんた鼻が利くんでしょ」って……。犬扱いかい!殺生丸さまに向かってそんな口を!それでも腹をたてる風でもない殺生丸。
かごめと殺生丸が二人で歩くなんて、これまでに無い組み合わせじゃない?まぁでも殺生丸さまの頭の中はりんちゃんのことしかないようです。
それにしても殺生丸の白いもこもこ。2巻の初登場では膝までしかなかったのに、今はずっと後ろまで引きずってます。伸びるんだね~。やっぱり体の一部か、あれ。それを教会でウエディングドレスの裾を持って歩く子供のように、抱えてついて歩くかごめ。そんなに仲良かったっけ?この二人。

そして突然鼻が利き、りんの居所が分かり駆けつけると、そこには曲霊にとり憑かれた犬夜叉が。逃げた犬夜叉&曲霊を追う殺生丸。かごめについて来いと言わんばかりの抜群のコンビネーション。呼吸もぴったり。
かごめの身を案じて「ここにいろ。邪魔だ」と言ったと思ったら、犬夜叉を助ける為に崖(肉塊)から滑り落ちるかごめを、助けにも行かず「ちっ」の一言。……殺生丸という人がよくわかりません。
兄弟で闘わせるのが奈落の思惑と知りながらも、犬夜叉を曲霊ごとたたき斬るつもりで刀を向けたかと思えば、素手でぶん殴ったり、攻撃をかわすだけの殺生丸。犬夜叉だって妖怪化していながら、わざと狙いを外したりして……。言ってることとやってることが違う、似たもの兄弟ですね。いったい何やってるんですか、この二人は。今、兄弟けんかしてる場合じゃないでしょ?奈落のこと忘れてない?

奈落は「所詮犬夜叉は、か弱き半妖」「心弱い半妖のきさまを救ってやろう」などと言って犬夜叉を惑わし弄んでいますが、そう言う奈落も半妖。いつまでも犬夜叉と桔梗の仲を嫉妬したり、その嫉妬心に戸惑ったり。一番心弱いのは、奈落かもしれません。

一方、珊瑚を助けるために、風穴に自分自身が飲み込まれるのを覚悟で、最後の風穴を開く弥勒。ある決意をして珊瑚のそばから離れます。
そして弥勒の死期が近いことを知り、心乱れ震える珊瑚。
ちりちりばらばらになった仲間たちは、どうなるのでしょうか。55巻へ続く。


世界がもし100人のマイミクだったら

kage

2008/09/03 (Wed)

私のミクシィのページに知らない人からこんなメッセージが届いた。

『あなたの小説や日記が盗作されないために、本にしませんか?
100人の作品を集めて共同で出版します。著作権は本として出版すれば押さえることができます。著作権を確実なものにするために、本の形にして残しませんか?
100部程度なので利益も印税もありません。参加者は出来上がった本を、何冊か買うだけでいいのです。本の形になっていれば出版社にも売り込みやすくなります。短い日記のメッセージでもOK。
あなたの出版の願望が叶うという夢のような企画です』

また変なのが来たぞーと思ってそのまま無視した。
2~3日後、もういちどそのコミュ二ティを開けてみたら、あっという間に100人集まったらしく締め切られていた。コミュニティの管理人は『出版社に勤める者』だそうです。どこの出版社かも本名も書いてないけど。
コミュは全体には非公開、つまりメッセージを送った人だけが見られるようになっています。また、詳しい説明は「参加します」と返信した人だけしか開けることができません。
100人の参加メンバーを見てみると、本気で文芸の道を志す……とは思えない、漫画オタクっぽい人(私もか)とか、ケータイ小説とも言えない、詩とも言えない文章を、ミクシィ日記に書き込みしている若い人たちがほとんど。

……ちょっと、ちょっと! これやばいんじゃないの?
これが噂のネット詐欺というやつか。この100人の参加者は、いかにも怪しいうたい文句に、あっさり引っかかっちゃったの!なんで正体が分からない人の誘いにホイホイ乗っちゃうのかねー?

参加者は本を買うだけって……。そこが怪しい。一冊いくら?一人何冊買わされるの?本屋に並ぶんじゃないのかい? 100人で作って100部の販売って。一人一冊ずつ配るってこと?多くの人に読んでもらえないのなら、出版の夢もなにも、自分の書いた文章が本の形になるだけじゃないの?それだったら、小学校で作った文集を生徒に配るのと同じじゃん!同人誌のほうがまだマシだよ。少ない部数だとハードカバーの本は作れないから、簡単に綴じた作りだと思う。それをいったいいくらで売るつもりなんだろう。
共同著作だなんて、100人もいたら意見もバラバラだろうに。どうまとめるんでしょうか。まぁ、意見なんてはじめから聞くつもりはないでしょうね。
管理人が「印税は私のもの。参加者は本代を払うだけと言ったでしょ!」……と、出版社側のいいカモになるのは、目に見えてます。それとも印刷する前に代金だけ受け取ってトンズラってパターンかも。
「これは詐欺じゃないですか」とミクシィでメッセージ送ったとしても、荒らし扱いされてマイミクからも削除され、着信拒否されてしまえば終わりです。
だいたい著作権って本にしないと獲得できないものと違うでしょ。著作権とは文章などを著作したと同時に発生するものであって、人権と同じで誰にでも得ることが出来るんじゃなかったっけ?ホームページなどに記載された文章にも著作権はあるし、電車男のチャットの場合と違って、ホームページやミクシィでは管理人が誰なのか調べれば分かるわけで、それを許可無く引用するかどうかは、モラルの問題。

自分の書いたものが盗作される心配をする前に、こんな詐欺にひっかからないように注意しましょう。私もな!