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BLEACH二次小説 『HEART』

kage

2009/05/18 (Mon)

~Ulquiorra Schiffer~ (ウルキオラ小説) 

  ――ここまでか――

 俺はもう歩く力も残ってはいない。俺を殺すなら今だ、死神。今斬らなければ勝負は永遠につかなくなるぞ……。
 なぜ躊躇う。なぜ勝ち方にこだわる。最後まで思い通りにならん奴だ……。
 不思議と俺の脳裏にあの日の疑問が蘇る。



 ――怖いか。
 お前は藍染様に不要とされた。最早お前を護るものは何もない。お前はここで誰にも触れられる事なく、たった一人で死んで行く――

 特殊な能力を持つこの女も、死神たちをおびき寄せる為の道具に過ぎない。お前の仲間たちももうじき死ぬのだ。人間共は愚かだ。俺なら自分の力量も量れずに、このウェコムンドに乗り込んだ奴らの愚昧に怒るがな。
 わからんな。なぜそうまでして生き死ににこだわる。仲間の一人が死ぬぐらい、どうでもいいではないか。
 あの時、女は俺の頬を打った。俺にとっては蚊ほどの痛みもないのだが。非力な人間ごときがエスパーダに丸腰で向かってくるとはな。自分が攻撃されるかもしれぬのに。
 気丈な女だ。お前の恐怖は何処にある。

 ――怖ろしいかと訊いている――

 落ち着いた眼で安心した表情で、女は言った。

――こわくないよ――

 本気で言っているのか。戯言だ。仲間が来たから恐怖は無いと。
 くだらん。死する仲間と感情を共にするなど、お前たち人間の気休めだ。感情の共有など現実には存在しない。人間の無意味な錯覚に過ぎない。

 ――心だと?
 貴様ら人間は容易くそれを口にする。まるで自らの掌の上にあるかのように。
 俺のこの眼はすべてを映す。捕らえられぬ物などない。映らぬ物は存在せぬ物。そう断じて闘って来た。
 心とは何だ。
 その胸を引き裂けばその中に視えるのか。
 その頭蓋を砕けばその中に視えるのか――

 俺の疑問に女は応えない。あの男が来たのだ。
 女に投降を命じた際に、一人にのみ別れを告げて来た男。
 この男とは何度も対峙している。その度に新たな力をつけて来ている。
 そろそろ本気を出してやろう。剣を抜く価値のある相手として、破壊すべき対象として認めたということだ。
 かかって来るがいい。死神。貴様らの言う心とやらが、脆くか弱いものだと、この女に見せつけてやるのだ。




 ……これで終わりだ。
 この俺が虚化した人間ごときにやられるとはな……。

 俺には時間が無い。再生した腕も脚も体も見せかけだけだ。
 あの男は自分の左腕左脚を斬れと言った。この俺と対等な状態で闘う為に。
 何を考えている。片手足を斬ったところで、俺と対等になれるとでも思うのか。
 もし俺を倒したとしても、まだ上がいる。そんな体でこの先どうやって闘いぬくと言うのだ。

 ……わからんな。心とは何だ。俺は知りたかった。
 貴様ら人間が最も近くに置きたがる、恐怖すら失うほどの眼に見えぬ力を生み出す心とは。

 どうやらこれまでのようだ。俺はもうじき灰になる。
 目の前の女が霞んで行く。なぜこの女は哀しそうに俺を見るのだ。
 俺はお前に恐怖しか与えていなかったはずだ。
 目の前で仲間を傷つけ、苦しめ、現世から連れ去ったのもこの俺だ。

  ――俺が怖いか、女――

 応えはわかっているのに、俺の手は何を求めているのだ。

  ――こわくないよ――

 ……今、わかったのだ。
 伸ばした指の先に、俺の欲しかったものがある。
 人間は虫けら以下だ。ただの塵に過ぎない。
 そんな人間にあって俺に無いもの。いや、無かったのではない。忘れていたのだ。
 エスパーダとして生きる為に俺は虚無を選んだ。
 暗く静かなウェコムンドにさらって来た太陽。消え行く視線の先にそれがいる。
 俺は眼に見えぬものに温もりがあると気づいた。
 ……今、思い出したのだ。


  ――そうか、この掌にあるものが、



            心か――         

                                    了

二次『テニスの王子様 ~マムシの初恋~』

kage

2008/10/27 (Mon)

テニスの王子様 二次創作小説

  ~マムシの初恋~

 四月。青春学園中等部の校舎沿いに並んで植えられた桜の木は、満開だった花がいっせいに散り始め、地面をピンク色に染めている。
 テニス部の朝練習を終えた海堂 薫は、ピンク色のじゅうたんの上を足早に歩いて、三年D組の教室に向かった。

 今朝の教室は、いつも以上にざわついている。
「転校生が来るらしいわよ」「えぇ~。かっこいい男子だといいわね」
 などと女子が集まって騒いでいるからだ。
 海堂はその女子の集団にゆらりと近づいていった。女子に何か用があるわけではない。自分の席の周りで騒いでいたのだから仕方ない。ポケットに手を突っ込んだまま、ヘビのような眼で睨んで横に立つ海堂に気が付くと、女子たちは一目散に自分の席に着く。海堂が何かしたわけでもないのに、目が合うと誰もが逃げるように避けていく。
(いつものことだ。気にしちゃいねぇ)
 海堂は自分の席にどかっと座ると、ふしゅ~と息をはいた。

 その時、担任の先生が教室に入ってきた。騒いでいた生徒たちも、慌ててそれぞれの席に着く。しかしみんなの視線は、先生の後ろについて教室に入ってきた、ひとりの美少女に注がれていた。
 肩までのストレートヘアに印象的な大きな瞳。制服が間に合わなかったのか、青学のセーラー服とは違う、前の学校の制服らしきブレザーを着ている。
 ドラマでも漫画でも、転校生は美少女と決まっている。
 にやにやとお互いを突き合う男子生徒。軽く対抗意識を燃やす女子生徒。
 海堂はそんなことには無関心そうに腕を組んでうつむいている。
 先生はざわつく生徒たちを静かにさせて、
「転校生の篠原麻奈さんだ。五歳までこの青春台に住んでいたそうだ。ご両親の仕事の都合で北海道に引越しされたのだが、またこっちに戻ってきたそうだ。小さい頃を知っているヤツがいるかもしれんな」
 そう言うと、美少女が「篠原麻奈です」と挨拶した。
 そして、先生が空いている一番後ろの席に座るように指示すると、麻奈はその席を目指して歩き出す。クラス中の視線を浴びながらも、堂々とした歩き方だ。
 海堂の席まで近づいたとき、麻奈の足がぴたりと止まった。

「―― 薫ちゃん? 」
「……なっ」
 海堂はぎょっとして麻奈を見上げる。

 ―― 薫ちゃん? おい、海堂のこと薫ちゃんってよんだぞ。ぷっ、薫ちゃんだってよ。
 ひそひそと声がする。海堂は驚きのあまり、声も出せないでいると、
「あー。やっぱり薫ちゃんだ! 覚えてない? 私よ、まな。同じ幼稚園だったでしょ? 家も近くだし。うわぁ~、変わってなーい。薫ちゃん」
 無邪気にはしゃいでいる麻奈。
「なんだ、やっぱり知り合いがいたじゃないか。海堂、教科書見せてやれ」
 海堂にとって、先生の言葉は嫌がらせにも聞こえる。クラスのあちこちから、「えぇ~。うそー」と驚きの声が上がる。よりによって海堂とは……。クラス中のみんながそう思ったに違いない。周囲がざわざわと騒がしくなる。だが、それ以上にびっくりしているのは海堂本人だった。予想外の展開にただ固まるしかなかった。

 放課後、テニス部の練習を終えた生徒が次々と帰って行く。部長の海堂は鍵閉めをして一番最後に部室を出た。
 校門を出ようとすると、そこには夕焼けを背景にした麻奈が立っていた。海堂はちらりと見て一瞬足を止めたが、気がつかない振りをして横をとおり過ぎようとした。
「薫ちゃん。待ってたの。一緒に帰ろう」
 そう言って無視しようとする海堂のそばに駆け寄ってきた。
「なれなれしくするんじゃねぇ。それに……」
「それに?」
「薫ちゃんって言うな! 絶対にだ!」
 海堂は背中を向けたまま顔だけ麻奈の方を振り返り、ド迫力の眼で睨みつけた。
 すると麻奈は海堂の凄みにもひるまず、意外そうな顔で言った。
「なんでー? 幼稚園の頃は薫ちゃん、麻奈ちゃんって呼び合っていたじゃなーい」
「お、覚えてねぇ」
 スタスタと大股で歩く海堂の後ろを麻奈はちょこちょことついて歩く。
「ねぇねぇ、薫ちゃん。テニス部の部長なんだってねー。青学ってテニスの名門なんでしょ? そこで部長なんてすごいじゃん!」
「……」
「私もテニス部入ろうかなー。前の学校ではバレー部だったんだけどね。それがへたっぴーでさー。この前もね…」
(まったく女子というのは、これほどまでよくしゃべるのか。よくもまぁ息が続くもんだ。女子ってのはみんなこうなのか。俺が聞いていようがいまいが、お構いなしじゃねえか)
 海堂は女子とこんなに長く話したことが無い。話すといっても麻奈が一人でしゃべっているのを聞いているだけなのだが。その上一緒に帰るなんて、自分のことながら前代未聞だ。何を話していいかわからない。
 猫背気味にうつむいて歩く海堂の少し後ろを、何が嬉しいのか朗らかにおしゃべりしながら麻奈がついてくる。

「ちょっとー。もっとゆっくり歩いてよー。薫ちゃーん」
「だから薫ちゃんて言うな!」
 ギロリと振り返る。
「なんだ。聞こえてんじゃん。反応ないから聞こえてないのかと思っちゃった」
 海堂に怒鳴られても恐れる素振りも見せない。
(こんな女初めてだ……。いや、十年振り…か……)
「ねぇ覚えてる?」
 そう言って麻奈は学生証に挟んだしおりを見せた。海堂は立ち止まって麻奈の手元を見た。
「私が引越しした日。薫ちゃん見送りに来てくれたよね」
 麻奈はさっきまでと違う、静かなトーンで話を続けた。
「薫ちゃんがくれた四つ葉のクローバー。今でも大切に残してあるの。泥だらけになって息を切らして、私の家に見送りに来てくれた。トラックの出発にぎりぎり間に合ったのよね。私に渡すために一生懸命探してきてくれたんだなぁって、嬉しかった。今でも覚えてるんだ」
「……わ、忘れてたぜ。そんな昔のこと」
 慌てたように前に向き直ると、また背中をかがめて歩き出す。今度はゆっくりと。麻奈のペースに合わせて。
 麻奈はほっとしたように、だまって後ろを歩く。

 だんだん薄暗くなった住宅街の細い道。しばらく歩くと麻奈は気がついた。
(あれ? 薫ちゃんち、この角を曲がるんじゃ……)
 海堂の家はこの交差点を右に曲がった奥にある。しかし海堂は道を曲がらず下を向いたまま直進している。そして数分後、麻奈の家に着いた。
(薫ちゃん。送ってくれたんだ。私の家、覚えていてくれたのね……)
 海堂は麻奈の家の前で止まらずに通り過ぎると、だまってどんどん先を歩く。
「薫ちゃん! ありがとう。送ってくれて」
 海堂の後ろ姿に向かって大きな声で言う。
「ちげーよ。いつもここからランニングして帰ってんだよ!」
 焦ったようにそう言って、急に走り出した。

「バイバーイ! また明日。学校でねー」 
 麻奈は近所中に響き渡る大きな声で叫ぶと、走り去る海堂に手を振った。
 海堂は見ていないが構わない。海堂が見えなくなるまで、ずっと手を振って見送った。

 海堂はそのままの勢いで家の玄関に走りこむと、スニーカーを揃えて脱いで台所にいる母親にただいまと言った。悪ぶっていても育ちの良さが自然と出るのだ。
 すると海堂の異変に気付いた弟が顔を覗き込んで言った。
「あれ? 兄さんどうしたの? 顔が赤いよ」
「うるせぇ。何もねぇよ」
「……何かあったな」
 弟はにかりと口元をゆるめる。
(走って帰ったからだ。だから身体が熱くて心臓がドキドキしているだけだ)
 海堂は必死にそう分析しようとした。たかがあれだけの距離のランニングで呼吸が乱れるわけがないのは、自分がよく知っているはずなのに。
 海堂は顔を隠すようにして、自分の部屋に入り、戸を勢いよく閉めた。
 テニスバッグを机の横に置くと、本棚の下の段に何年も前から鎮座している、分厚い生物図鑑を取り出した。ぱらぱらとめくると、新聞紙に挟まれた、四つ葉のクローバーが出てきた。

 十年前、麻奈の引越しの日。公園で見つけた四つ葉のクローバーは二つあった。
 ひとつは麻奈に渡して、もうひとつはここに挟んでしまっておいた。
「あいつ……。こんなもの大事に残していやがった」
 そう呟くと、また丁寧に図鑑に挟んで元に戻した。

 『バイバイ。また明日』

 十年前も聞いた気がする。そう言って麻奈は次の日引っ越して行った。
 けれども、あの時とは違う。明日も麻奈は学校にいる。

 ―― 明日の朝、おはようと言われたら、どう返そうか。どうしたらあいつは薫ちゃんと呼ぶのをやめてくれるだろうか。――
 
 海堂は今まで体験したことのない悩みに、自分でも戸惑っていた。
(こんな時はこれしかねえだろ)
 海堂は制服からスポーツウエアに着替えると、ラケットを持って庭に出た。
 自主トレメニューの素振り千五百回。息ひとつ乱さずに一心不乱にラケットを振り、心を落ち着かせる。
 星がひとつふたつと光りはじめた夜の静けさの中に、力強いスイングの音が響いた。

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二次『帰って来たテニスの王子様』

kage

2008/10/02 (Thu)

テニスの王子様 二次創作小説


「おう、海堂。今朝は早ぇーじゃねえか」
「早朝ランニングしたついでにコートに寄ってみただけだ。桃城こそ、何やってんだ」
「あぁ、地区予選も近いから、軽く打っとこうと思ってな」
「珍しく真面目じゃねえか」
「俺はテニスには真面目なんだよ!」
「けっ。威張んじゃねぇ」
「何せ、先輩たち六人と越前までいなくなっちまったからよ。今年は俺たちが頑張らねえとな」
「当たり前だ」
「しっかし、先輩たち、高校へ行ってもテニスを続けているのは、不二先輩と手塚部長だけってのはどうなんだ? しかも、手塚部長はドイツに行っちまうし、不二先輩は立海大付属高校へ転校しちまうしよー」
「菊丸先輩は体操部、大石先輩はボーリング部、乾先輩は野球部マネージャーでデータ野球、河村先輩は寿司屋で修行中だろ。先輩たちらしいじゃねえか」
「去年の青学は強豪揃いだったよな」
「今年は俺たちが強豪になればいいだろうが」
「へっ、そういうこった。お前スネイクボレーを完成させたし、怖いものねぇよな」
「お前こそダンクサーブの調子がいいじゃねえか」
「お前が俺を誉めるとはな。部長らしくなったもんだぜ」
「うるせえぞ。グランド十周!」
「ちぇっ。またそれかよ。それにしても、越前、今頃どうしてっかな」
「あいつのことだ。テニスばっかりしてるだろうよ」
「そうだよな。生意気なやつだったけど、いなくなると寂しいもんだな」
「いなくなる前に、もう一度対戦したかったぜ」
「……先輩たち、いつからそんなに仲良くなったんスか」
「越前! お前、帰って来たのか!? 」
「お前、アメリカに行ってたんじゃ……」
「そんなことより、ちょうど良かった。ねぇ先輩たち。俺にテニス教えてくんない?」

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『心の居場所』

kage

2008/08/04 (Mon)

犬夜叉 二次創作小説

――あいつを愛し必要としている者は他にもいる。
    大切に思っているのはおれだけじゃない――

昼間は強がって言ってはみたもの、内心は寂しさに溢れているのだろう。夜更けに一人になれば、少年はいつもここに立つ。星がよく見える時代樹の下。この空は少女のいる世界と繋がってはいない。
毎日睡眠をとらないといけない人間と異なり、妖怪の血が流れる少年には、時間の尺度が違うのだ。ひとりになれば、なおさら時の流れを長く感じずにはいられない。
月夜に光る金色の眼を閉じれば、少年は今は聞こえぬ少女の優しい声を思い出す。

 ――さよならも言えなかった。いや、これは別れなのか――

悲しい別れは知っている。
子供の頃、ただ一人包んでくれた温かい手も。
孤独の中、共に生きようと誓い合った初めての恋も。
もう手を伸ばしても掴めぬ、遠くへと消えてしまった現実を、受け止める勇気を持ったというのに。
誰も信じず、孤独しか知らずに生きるしかなかった少年にとって、少女の強く広い心、安らぐ笑顔、包み込む優しさ、全てが居場所だった。
代わりの場所などあるはずもない。

背後から慣れた気配が近づく。自分に似た匂い。
金色の眼も、白銀の髪も、少年と似ている。
かつては半妖の少年を忌み嫌い、執拗に命を付け狙ったこの青年も、以前のような殺気はない。それは互いに感じ取っている。
切れ長の鋭く冷たい眼は、今は兄の眼なのだ。
慈悲の心が芽生えた青年は、少年の心の内を察しているのか。

「……犬夜叉。きさまはつくづく女々しい奴だ」
「けっ。わざわざそれを言いに来たのかよ。暇な野郎だ」
「かごめは帰るべき場所に帰った。それだけのこと」
「ふん。お前に何が分かる」
「分かりたくも無いわ。半妖の心など……」

無口な青年にしては、今宵はなぜか言葉が多い。
表情を変えずに背中を向け、立ち去ろうとする青年に、少年は星空を見上げながら声を掛ける。それは夜の静けさに合わせた小さな声だったが、青年には届いた。

「おう、殺生丸……。おれはかごめを守ってやれなかったのかな……」

気弱な姿を兄に見せるのは珍しい。それほど心を許せる相手ということか。

「……私の知ったことではない」
青年は冷酷さを崩さない。それとも突き放すのが彼なりの優しさかもしれぬ。
風のように漂い去る青年を、振り返ることなく見送る。

夜が明ければ人間の仲間達と過ごすのが、少年の日課だ。四魂の玉が消滅して以来、強力な妖怪も姿を消した。
楓の村で、昔の仲間と変わらぬ生活。変わったのは、大切な誰かがいないだけ。

瞬間、少年は懐かしい匂いに包まれる。
忘れることのできない、優しい匂い。

少女はいつもここから帰ってきた。初めてこの時代に現れたのもここだった。
古井戸。今は誰も近づかない。
少女の帰りを待ちわびて、度々立ち寄る少年を除いては……。
高鳴る鼓動。逸る気持ち。呼吸を整え、そっと井戸に手を差し出せば、しっかりと握り返す温かい手。

「ごめんね。待っていてくれた…?」
まるで、近場に出かけていたかのような、さりげない再会。

――人間というのは三年でこんなにも女っぽくなるものか
     でも、かごめはかごめだ。優しい匂いは変わっていない――

「バカ野郎… 今までなにしてたんだ」
二人にそれ以上の言葉は必要ない。
長く感じられた三年の月日も、会えない寂しさも、一瞬にして消えた。

やっとみつけた少年の居場所
それは少女の居場所でもある。


『朔夜にふたり』

kage

2008/08/04 (Mon)

犬夜叉 二次創作小説

あたしのベッドで寝ているあいつ。
今日は朔の日だったんだ。
緋色の衣に黒髪の少年が、すやすやと寝息を立てて眠っている。こんなに無防備な寝顔を人にみせるなんて。明日は苦手な数学のテストなのに、気が散って勉強に集中できないじゃない。

さっきふいにこっち(現代)にやって来たかと思うと、
「闘いが終るまで、お前はこっちにいろ」とあいつは言った。
あたしを心配して言ってくれているのは分かっている。
でもあたしは決めたんだ。ずっとそばにいると。
「それなら命を懸けてお前を守る」
そんな真剣な眼差しで見つめられたら、あたし……。

いつも思っていた。あたしを抱きしめるときは、こんな風に桔梗も抱くのかな、とか、あたしを見つめるときは、桔梗と重ねているのかな、とか……。
でも金色の真っ直ぐな眼差しは、あたししか映っていなかった。
信じていいの? 今のあいつを。

刀を抱えて丸くなって眠る姿は子供みたい。
あいつは、朔の日には眠ったことがないと言った。爪も牙も無ければ自分すら守れない。武器も使えない。不安に押しつぶされそうになりながら、朝を待つのだろうな。
せめて今日だけは安心して眠ってもらいたい。

あたしが三日もこっちに帰っていると、心配してすぐに迎えに来るあいつ。怒ってやって来るけれど、会いたくてたまらないから、毎日井戸を覗いているって、七宝ちゃんが言ってたっけ。
あたしも会いたいよ。こっちにいてもあいつのことばかり考える。ずっとそばにいると決めたから。この闘いが終れば、あたしたちはそれぞれの時代へ戻るのだろうか。本来いるべき場所に……。

数式が頭に入らない。鉛筆を置いて立ち上がると、部屋の窓を開けた。
月の出ない夜。戦国の空に、あんなにたくさんあった星たちは、どこに行ったのだろう。東京の空は明るすぎる。
あいつは幾つもの眠れない夜を過ごしたんだろうな。満天の星を見上げながら。

「どうした、かごめ。てすとべんきょーはいいのか」
耳元で聞こえるあいつの声。黒い瞳、黒い髪のときは、いつもより幼く見える。
闘いの中で生きるあいつは、母を亡くして父の顔も覚えていない、悲しい少年なのだ。
あたしには桔梗ほどの霊力も、弓矢の腕もないけれど、守りたい。
犬夜叉を。

――あたしは犬夜叉とめぐり会う為に生まれた。五百年の時を越えて――