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自作小説と漫画・小説感想と、主婦日記のブログです。
 競作参加作品  テーマ『夏』 お題『肝試し』



「ごぶさたしておりますわ。奥さま」
「ええ。お久しぶり。うちの主人が出張だと嘘をついて、あなたのマンションに泊まっていたのを目撃した日以来だから、2か月ぶりかしら?」
「まぁ、そんなこともありましたわね」
「その節は主人がお世話になりましたわ。(すました顔して何よ! 泥棒ねこのくせに)」
「いいえ、どういたしまして。毎度のことですから。それにしても、奥さまのスーツ、素敵ですこと。ディオールの新作ですわね」
「よくご存知ね」
「ええ、私も買おうと思ったのですけど、おばさんしか似合わないデザインだから、やめたんですの」
「確かに、スタイルの悪いガキには、着こなしは無理ね」
「今日の奥さまは、メイクもヘアスタイルもばっちり決めていらっしゃいますものね。ずいぶんと気合の入ったこと」
「あら、そうかしら。普段通りよ」
「メイクに時間とお金をかけないといけないなんて、大変ですわね~。年を取ると」
「(何言ってんのよ! あんただってアラサーじゃないの!)いいわね~、若い子は。安っぽい服を着ても似合うから」
「マーくんもきみの若さがいいって言ってくれるわ」
「あら、それは良かったわね。(ふん! ばかじゃない! あんたから若さを取ったら何が残るのよ!頭悪い女ね)その、さらさらヘアーも羨ましいわ~。まっすぐにセットするのも大変なのよね」
「ストレートパーマですから」
「ええ。知ってるわ」
「……ところで、何ですの? 奥さま。急にこんな人目につく喫茶店に呼び出して」
「呼び出された理由も分からないのかしら。可哀そうね(おばかで)。すいぶんと鈍いこと」
「さあ。何のことでしょう?」
「あなたには、はっきり言ったほうがよさそうね。いいかげんにうちの主人と別れてもらえないかしら?」
「だって~。マーくんのほうが別れたくないって言っているのよ、ご主人に聞いてごらんなさいよ」
「主人は優しいから、あなたに何も言えないのよ」
「そうかしら。奥さまを怖がっているんじゃなくて?」
「えっ? なあに? 主人がそう言っているの?」
「ええ、いつも妻がガミガミうるさくて嫌になるよ。お前が一番だよ~って甘えてくるから、膝枕してあげているのよ」
「(あのバカ亭主! いい年して恥ずかしくないのかしら!)……ほら、主人の出世に響いてもよくないでしょ?」
「あら、やだ。ヤキモチかと思えば、それが心配?」
「あなたは愛人だから分からないのよ。妻は夫の仕事にも気を遣うものなのよ」
「私にはご主人の出世のことしか考えていない、強欲な妻に見えるわ」
「そんなことないわよ。わたくしたちは愛し合っているもの。あなたが現れるずっと前からね。この銀のブレスレットも、主人のプレゼントなのよ。シンガポールに出張した時に買って来てくれたんだから。この緑の石、珍しいんですって」
「やだっ! ちょっと! それ私も持ってる! マーくんがくれたのよ! ほらこれ!」
「何ですって! 緑と青の石の部分が違うだけじゃないの!」
「どういうこと? 奥さまと色違いのお揃い?」
「一点ものだって言ったわよ。あの人が特別に作らせたって!」
「私にもそう言ったもの。ひどい、マーくん!」
「いったい、どういうつもりかしら? 妻と愛人に同じものをプレゼントするだなんて! ……ちょっと、あんた、聞いてるの? どこ見てるのよ!」
「……奥さま、窓の外、見て」
「窓の外って、どこよ」
「ほらあれ! 前の歩道を歩いて向こうからやってくるカップル!」
「やだわ! あれ、うちの主人じゃない! 隣の女と腕組んじゃって!」
「どう見ても、十代よね、あの女」
「ちょっと! あの女の腕見て! ほら、左手のブレスレット!」
「何よ! あれ、私たちのと同じじゃない! あっちは赤よ! 赤!」
「いったい、何個配ってんのよ! あの男!」
「許せないわ! マーくん! とっちめてやらないと気が済まない!」
「奇遇ね。わたくしも今、そう思っていたところよ」
「今すぐここへ呼びましょうよ」
「いいわね、そうしましょう。あの女も一緒にね」
「話が合いますわね。奥さまとは前から気が合うと思っていたのよ」
「いい? それじゃあ、電話するわね。……もしもし、あなた? 今どこにいるの? へー、仕事中なの。とぼけても無駄よ。お見通しなんだから。今すぐ来てちょうだい。駅前ビル一階の喫茶店。お連れの人も一緒にね。何をするかですって? 決まっているじゃない」


「肝試しよ」





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最も熱伝導率の高い金属は、銀だそうです。
それで、銀のアクセサリーを小道具として使ってみました。
すぐに熱くなるのは、女か銀か、どちらが早いのでしょうね。

どこが肝試しなんだ、と思った人。
あなたは本当の女の怖さを知らない人です。


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【2009/08/24 08:06】 | エンタテイメント小説
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三作目

    『山田クリーニング店は大忙し』


 秋の夕暮れの日差しが団地の窓ガラスに反射している。突き刺すような眩しさに思わず目を細めた。国道から歩いて二十分ほど離れた場所にある大崎ニュータウンは、公営のアパートが三棟並び、周辺には道路沿いに新築一戸建てや公園がある。昼間は閑静だが夕方になると犬の散歩をする主婦、自転車に乗った中学生、幼児の手を引いて歩く買い物帰りの親子連れ、あちこちから話し声も聞こえ多くの人が住んでいると実感する。
 ここ大崎町は、この団地が出来てから人口が増えたらしい。若い夫婦世帯が多いからだろうか、公園で遊ぶ子供の姿をよく見かけるようになった。町民の数が増えるのは良いことだ。おかげで俺の店、山田クリーニング店の配達の依頼も増える。そうだといいが。俺は期待している。
 団地への配達は、敷地内の駐車場に車を停めてから、この公園を抜けるのが近道だ。遊具は広さの割には少なく、ペンキの剥げたブランコ、滑り台があるだけ。小学校高学年らしき男の子が二人、ベンチに座ってトレーディングカードを見せ合っている。
 配達の品を抱えて公園の真ん中を歩きながらふと見ると、ブランコに座ってゆっくり揺れている若い男がひとり。
 さしずめ会社をリストラされたのを家族に言えず、仕方が無いので家を出てここで時間を潰しているサラリーマンか…… と、ドラマでよくあるシーンを想像し、目を合わせないようにして、ブランコの前を通り過ぎようとした。
 少し行き過ぎたところで、「山田 隆志?」と俺の名を呼ぶ声がした。なんだよ。リストラされたサラリーマンに知り合いはいないぞ、と眉をひそめて振り向くと、男はにやにやしてこっちを見ていた。長身の割りに童顔の、それでいて笑うといやらしい目になるこの男は、そうだ。
「高梨 悠介か?」
 高校の時の同級生で、それほど仲が良かった訳ではない。確か関西の大学へいってそのまま大阪で就職したと聞いた。その高梨がなんでこんな所で? 脳内に疑問を廻らせていると、高梨の方から質問してきた。
「お前、家の仕事継いだの?」
「ああ。去年両親が死んで、仕方なくな。お前は何してる」
「ブランコに乗ってる」
 そう言ってキーキー高い音を立てて漕いでみせた。
「それは見ればわかるさ。大阪で就職したんじゃなかったのか」
「リストラされた」
「当たった」
「え?」
 俺、占い師か? と思ったがすぐ、取りすまして続ける。
「あ、いや、それでこっちに帰ってきたのか」
 高梨は悪びれる色もなく語り出す。
「実家に帰ったら親に、若いモンが仕事もせず昼間っからブラブラしているのをご近所に見られたら恥ずかしいから、仕事見つけるか、アパート見つけるか、どっちか決めるまで帰ってくるなと追い出された」
 おやまあ、本当にあるんだ、こんな話。と思って聞いていると、俺の哀れみの目に気付かず高梨が朗らかに言った。
「どうしたものかと途方に暮れていたら、山田が現れた。救いの神っているんだな」
 救いの神って誰だ? それってまさか、おい。
「お前んち、泊めて」
 嫌やな予感的中。 
「だめだ」
 きっぱり言ったつもりだったが、にやけながら高梨が。
「いいだろ。僕たち親友じゃないか」
「いつから親友になった」
「じゃあ、今からってことで」
 高梨は俺の肩に手を掛けてにこやかに歩き出す。俺は睨みつけてその手を払いのけると、あいつは地面に描いてあったけんけんぱをしながら、後ろをぴょんぴょんついて来る。この時期、五時ともなればうっすらと暗くなる。子供たちが俺たち二人を不思議そうにちらちら見ながら、公園を出て行こうとしている。とにかく早くここを出よう。不審者と通報される前に。
 おいおい、もしかして、厄介なものを連れて帰ってしまったのか。俺は。


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 山田クリーニング店は大崎ニュータウンの道路を挟んで西側の大崎商店街の中にある、うっかり通り過ぎてしまいそうな小さな店だ。商店街と言ってもほとんどの店がシャッターを降ろしていて開業している店はまばらだ。人通りも少ない。駅前開発で近くにでっかいショッピングセンターが出来てからというもの、さらに人通りが減った。もちろん俺の店も例外ではなく客足が減った。まあ、もっとも、でっかい図体に無精ひげ、破れたジーンズに皺だらけの何日も洗ってないシャツを着た、むさ苦しい男がクリーニング屋の店主ときたら、客も寄りつかねえか。商店街の飲食店のユニホームの洗濯を主に請負っているぐらいで、はっきり言って暇だ。
 そんな山田クリーニング店は、高梨がやってきてから、めっきり忙しくなった。
 客が増えたのではない。あいつが余計な仕事を増やしてくれるのだ。
 アイロンがけし終わって積み上げていたYシャツを床に落とす。洗濯済のものを、また洗濯槽に突っ込む。セーターに番号札をやたら大量にくっつける。何処をどう見間違えたのかコートとスカートの値段を入れ替えて請求する。あいつのありえない失敗の後始末に追われる。おかげで俺は忙しい。
 高校の時からうすうす感付いてはいたが、この男はかなり天然なのだ。これじゃあ、リストラもされるわ。前の会社でどんな失敗をしてクビになったのか、恐ろしくて聞けやしない。こんな男を三カ月も家に置いてやっている俺は、心が広いと我ながら感心する。と言うよりは、こうも堂々と居座られては、同棲中の彼女に別れを切り出せず、出て行けと言うタイミングを計れない男の心理が分かる気がしてきた。
 今日も懲りずに店の手伝いをしたがるあいつを「いいから家の掃除でもしといてくれ」と追い払って、ほうきを渡す。しばらくして振り返ると、ほうきで剣道の素振りをしている姿が見えた。お前、剣道部じゃなかっただろ。生物部だっただろ。口に出さずにツッコむのも疲れるわ。奥から、てゃーてゃーと聞こえてくるのを無視して聞き流す。そんなことより仕事だ。あいつにかまっていられない。

 俺は店を空ける訳にいかないから、高梨と一緒に過ごす時間が多い。たいがいあいつは、店の奥の部屋でごろごろしているかゲームをしている。金が無いから何処にも行けないんだろう。居たくも無いのに一緒にいる。倦怠期の夫婦はこんな気分だろうか。なんて想像して、気色わるっと身震いした。
 昼になったのでインスタント焼きそばを作ってやると、寝ていた高梨はのっそり起き上がって、ローテーブルの前に座った。目の前に置かれた焼きそばとしばらく見つめ合っていた。そして、いつになく真剣な面持ちで言った。
「僕、ものすごく腑に落ちないことがあるんだけど。これを考えると夜も眠れない」
 お前、昨日も爆睡してたぞ、と思いながら、一応「何が」と聞いてやる。
「UFOは焼いてないのに、何で焼きそばなの。何で? 何で?」
 ほらみろ。やっぱりふざけた回路しかない。
 面倒なので背中を向けて無視すると、顔を近付けて、しつこく何で何で攻撃してくる。誰か助けてくれ。この身長百八十センチの幼稚園児の相手をしてくれる人は他にいないのか。答えないといつまでも聞いてくるので、「謎だからUFOじゃないのか」と投げやりに返事をした。
「あはは、山田って変わってるね」
 あのなあ。それはお前だろう。高梨に変人呼ばわりされるなんて、最上級の屈辱だよ。
 あいつは悩みが解決されたらしく、嬉々として焼きそばを食い始めた。うわあ、なんだかじんわり腹が立ってきた。
 その後も何故かあいつはご機嫌さんだった。焼きそばのやり取りが、いたく気に入ったらしい。布団に入るまで思い出し笑いを繰り返していた。よく分からん。
 こうして、とっぷり疲れた俺の一日は終わる。

 山田クリーニング店は店の奥が住まいになっている。一階は店と台所と和室が二つ。そのうちの八畳間はリビング兼客間兼高梨の寝室。その奥の六畳は俺の部屋で、足の踏み場も無く雑然としているが、かろうじて空いたスペースに布団を敷いて、そこで寝ている。店の隅に事務用机があり、事務的な作業はそこでやっている。その横に来客用のテーブルと椅子があり、休憩室と呼んでいる。二階には、物干しと物置。
 高梨は暇な時は、と言っても常に暇なのだが、この八畳でテレビを観たり寝っころがって過ごす。将来メタボおやじまっしぐらのこの男に、たまにお使いを頼むと、だるそうに尻を掻きながら、しぶしぶと店を出てなかなか帰ってこない。すると俺は無事に帰ってくるか気になって、探しに行きたい気分になる。一旦、店の外に出てみたが、外の空気を吸ってふと我に返って店に戻った。はじめてのお使いの親か。俺は。
 
 それに高梨は、俺んちにタダで厄介になっている身ながら食事も作らない。食事はたいがいインスタントラーメンかレトルトものなので、作ると言うほどではないが、そんなこともしない。俺が作ってやらないと食べようとしない。自発的な食欲がないのかと思ったが、ただ単に極度の面倒くさがり屋らしい。そのためいつも俺があいつの分もラーメンを作ってやっているのだ。
 エースコックのとんこつ味としょうゆ味が残っていたので、やかんでお湯を沸かして、二つ並べてお湯を注ぐ。出来上がった頃におーい高梨ー! と声を掛けるが、あいつを呼んですぐ来たためしがない。 なかなか来ないあいつを待っていてものびるので、先に食べようとラーメンに手をつけることにした。
 そこでやっと、自分の棲みかから俺のジャージをパジャマがわりにして寝ていた高梨が、あくびをしながら、やはりだるそうに現れた。
 するとラーメンを啜る俺を見るなり、急に目の色が変わった高梨は、まっすぐ伸ばした右手の人差し指を突き出して、「あー!」と大声コンテスト記録に挑戦、のような声で叫んだ。
「僕のしょうゆ! なんで僕が食べようと思ってたしょうゆ味食うんだよ!」
「は? お前のって。どこでお前のだと判別するんだよ」
 興奮した高梨は、さらに声を荒立てる。
「ラーメンと言えばしょうゆだろう! 僕にしょうゆ以外のラーメンを食えと言うのか! 信じらんねえ」
 訳の分からない捨て台詞を残して、障子をぴしゃんと閉めて部屋に閉じこもってしまった。
 ええと、これ、俺が買って来たラーメンだよな。なぜ俺が怒鳴られにゃならんのだ。
 普段、温厚な奴ほど急にキレると怖い。そのスイッチがラーメンしょうゆ味だったとは。高梨は部屋から出てこない。ふやけたラーメンと共に、俺はぽつんと取り残された。
 なんなんだ。あの男は。
 
 まったく、それ以来コンビニに買出しに行くときも、しょうゆラーメン買い忘れていないか気が気でない。
 とにかく、あいつが来てからというもの、仕事もプライベートも散々だ。俺のペースを崩される。俺の方から歩み寄ろうとしても、間抜けな答えしか返ってこない。全くどこ吹く風でつかみ所がない。人の気も知らないであいつは毎日にこにこ上機嫌だ。なんとも幸せな男だ。
 そんな能天気なあいつが、またまた今日も事件を起こしてくれたのだ。
 頼みもしないのに高梨は店で楽しそうにアイロンをかけていた。やるよ。絶対やるよ、あいつは。嫌な予感が過ぎった俺はアイロンを取り上げようと手元を見た。
 あいつの持っていたアイロンは、白いブラウスにハンコのようにくっきりと黒い焦げ跡を付けていた。
「あらら。やっちゃった」
 なぜ、そんなに陽気に言える。高梨よ。やったよ。やってくれたよ。
 怒りも通り過ぎると虚脱感に襲われる。呆然と立ち尽くす俺の横で、奴はへらへらと不気味に笑っていた。

 ブラウスのお客さんは若い女性だった。俺は事情を説明してブラウス代金をお支払いします、と言って深々と頭を下げた。横を見ると高梨が不貞腐れた表情で顎を突き出したまま、かくんとリズムを取るように頭を振っているではないか。
 おい、それ謝ってないだろう。俺は奴の後頭部を掴んで腰が折れんばかりに、床に向かって押し下げた。奴はごめんなさいのかわりに、ぐえと言った。
 そんな様子を見ていた彼女は
「いいんですよ。もうそのブラウス、デザインが古くなったから着るのやめようと思っていたので」
と言って、ブラウス代も受け取ろうとしなかった。ラッキーと言ってⅤサインをして見せる高梨。彼女は高梨を見ながら「楽しそうなお友達ですね」と言った。お友達じゃない。かと言って仕事仲間でもない。仕事してないんだから。疫病神です、とも言えず、はあ、と言っておいた。
 中川翔子似の彼女は、帰りにガラス戸におでこをぶつけて、いたと言いながら振り向いて照れ笑いをしていた。透明感のある白い肌に大きな瞳。俺、今きっとアホ面して彼女を見てる。彼女がバイバイをしたので、俺もつられてバイバイを返した。
 俺の心に春の風が吹いた。

 それをきっかけに彼女は頻繁に店に来るようになった。名前をサキちゃんという。クリーニングする服を持ってきて、そのまま奥の休憩室でおしゃべりしたり、用も無いのにお茶だけしに来るようになった。俺は必死に自分を売り込んだ。
 聞かれた訳でもないが、まずは自己紹介からだろう。山田隆志っす。二十五歳。彼女イナイ歴二年。ボボ募集中です。好きなタイプは中川翔子です。趣味はプラモデル作り。ガンダムなら全種類持ってます。
 サキちゃんは俺の話を黙ってにっこり聞いてくれる。こりゃ、脈ありかも。
 俺はサキちゃんが来る度に、仕事をほっぽり出して彼女の近くにまとわり付いた。彼女が椅子に座ると向かい側に座っていた高梨を押しのけて、彼女のよく見える位置をキープした。高梨が何すんだよとか言っているようだが構いやしない。そんな様子を微笑んで見ている彼女と目が合った。カ、カワイイ。
 彼女がいるだけで、むさ苦しいごみだめに一輪の花が咲いたようだ。健全な男なら当然好きにならない訳が無い。オタクは黒髪ストレートで舌ったらずの女の子をみると萌え萌えしてしまうのだ。お、俺はオタクじゃないけどな。
 彼女は商店街の喫茶店で働いている。店の地味なメイド風のワンピースの制服をクリーニングに持ってきた時は、それを手にしてよからぬ妄想をしてみたりもした。彼氏いるのかな。二人っきりでデートに誘ってみようか。とあれこれ計画を立てていたが、思いとどまった。
 サキちゃんは俺に会いに来ているのだと思っていた。どうやら違うらしい。彼女の高梨を見る目が明らかに俺を見る目と違う。なんかこう、ウルウルしていることに、ある時俺は気がついた。
 まさか。しょうゆラーメンのことになると豹変する男を? 見た目は大人、頭脳は子供の逆コナンくんの男を? まともな会話のキャッチボールも出来ないノーコン男を? いかん。変な汗が出てきた。
 世の中理解不能なことは多々あるが、今どき珍しく清純そうな彼女が、あんな役に立たない能天気な男を好きになるなんてことがあるのか? 高梨としゃべるより俺とよく話していたような気もするが。高梨の奴もサキちゃんの前では、いつも通りのん気にしていたはずだ。それなのに、なぜあんな奴の事を? 俺の思い過ごしだろうか。
 そう思っていたある日、俺の疑惑を決定付ける時が来た。

 サキちゃんが手作りのクッキーを作ったから一緒に食べよう、と言って店にやってきたのだ。彼女の働く喫茶店で出す新メニューのハーブティーを考えたから、試飲して欲しいとも言った。
 サキちゃんは台所でハーブティーの用意をしている。俺たちは緊張して待った。ふっ。高梨の奴、正座してやがる。俺んちで正座なんか今までしたこと無いだろう。俺は自分も正座していることを忘れてくくくっと笑った。我が家の台所に女の子がいる光景をはじめて見た感動に、鼻血が出そうだった。
 彼女がおまちどおと言って、自宅から持ってきた、こ洒落たティーカップに入ったハーブティーをローテーブルに置いた。
 ローズヒップティーだという。見ると底になにやら粒々したものが沈んで濁っている。変わったお茶だなあ、と思ってサキちゃんに問う。
「あのう、これは?」
「あんこ入れて見ました」
 と、人差し指を立てて妙に楽しげな声でいうサキちゃん。
「は? あんこ?」
「紅茶に蜂蜜やジャムいれるでしょ? じゃあ、あんこもありかなーって。どうぞ。飲んでみて」
 両手のひらを差し出して勧める。
 おそるおそる、どんより濁った液体を口に運ぶ。梅干の汁のような、赤くてすっぱい味と、あんこの甘ったるい味が、口の中でけんかしている。
 傷つけない言葉を探して、答えに困っていると、隣であの男が言った。
「むちゃくちゃうまい。新発見だよ」
 ぶるんと首を高梨へ向ける。
「絶対人気メニューになるよ」
「そうでしょ! 高梨さんなら分かってくれると思ってた!」
 潤んだ目でサキちゃんは言った。
「そうだな。抹茶をトッピングしてみたらどうだろう」と、高梨。
 ……話しが弾んでる。不思議ちゃんの彼女と、高梨のかもし出す天然オーラはぴったりマッチしている。彼女が高梨に惹かれる理由が分かった気がした。
 やっぱり、お前ら似合いだわ。異国の珍獣を見る目で二人を遠巻きに見た。
 ちょっと待て。もはや、こうなるとクッキーも疑ってしまう。
「これにも、なんか変なもの…… いや、変わったもの入れてるの?」
 するとサキちゃんは朗らかに言い返す。
「いやだなあ。変なものなんか入れてませんよ。和風とコラボにこだわってみようと思って、味噌としょうゆ入れてみました!」
 ……って、おい、これ、罰ゲームか。横目で高梨の反応をみる。当然うまそうにパクついている。勇気を振り絞って俺も一口食ってみる。うまかった。

 やっぱり彼女はあいつのことを……。いささか納得はいかないが、そうと分かれば俺の心にブレーキがかかる。
 いさぎよい男なのだ。断じて未練がましくない男、それが俺だ。
 しかしそんな俺より高梨は昔からなぜだかもてる。高校の時も隣の女子高の子が、電車の中で手紙を渡したと聞いた事がある。確かにあいつは男の俺から見ても、いい男だ。黙っていればだけど。悔しいけどそれは認めよう。伸ばしただけの寝癖がついた髪も、見ようによったら流行の無造作ヘアーにも見える。背が高いので、どんな服でもなんとなく決まってる。
 でもあいつが女の話題をしているのを聞いた事がない。女に興味がないのか。そんな男いるのか。サキちゃんにも気がないのか。どう思っているのだろう。もとよりあいつの頭の中は宇宙の果てより未知の世界なのだが。

 そんな謎を残したまま、あの日はやってきた。男にとって、幸と不幸を二分する日。恐怖のバレンタインデーが。
 予想どおりサキちゃんがチョコレートを持って店にやってきた。
 俺にはいかにも義理ですと言わんばかりの、スーパーで買って来たようなチョコ。あいつには高級チョコに手編みのマフラーも一緒に添えて恥ずかしそうに手渡していた。どちらが本命かなんて一目瞭然だろう。これで彼女の気持ちに気付かない男はいないはずだ。
 サキちゃんは、太目の毛糸で編まれた編み目が不ぞろいのマフラーを高梨の首にかけて、わあ、似合う、と言った。実に分かりやすい娘だ。それにしてもあのマフラー、右端と左端の幅が違うような。編んでいくうちにどんどん広がっていったのか。どうやったらそうなんだよ。まあ、サキちゃんが気にしてないようだからいいんだけど。
 でも肝心のあいつは、嬉しいとも困ったともどちらともいえぬ顔をして、ただ膝の上に手を置いて首に巻かれるがまま、じっとしている。サキちゃんが帰ると、せっかくもらった黄緑とオレンジ色のストライプのマフラーをまた包装紙に包んで、店の棚の一番上に突っ込んだ。その後もずっとそこにある。せめてサキちゃんの前だけでもしてやればいいのに。この際センスが悪いとか、どうでもいいだろう。
 高梨は彼女の気持ちに気が付いてないのか。それとも気が付いていての行動なのか。気になる。ああ俺はまた、あいつの気持ちを探るという無理難題にぶち当たってしまった。
 だが、サキちゃんのことを考えると、どうにかしてやりたい気もする。

 休憩中、奥の部屋でテレビを観ている高梨に何気なく近づく。テレビに集中しているあいつに、俺は平静を装って声をかける。
「サキちゃん、いい子だよな」
「そうかな」
 高梨はテレビから視線をそらさない。俺は続けて言う。
「好きな人いるのかな」
「さあ、どうだろう」
「俺、デートに誘ってみようかな」
「ふうん、いいんじゃない」
 高梨は無表情に返す。反応の薄いあいつの横顔を見ながら、核心を突いたことを思い切って聞いてみる。
「お前はどうなんだ」
「何が」
 そこで初めて俺をみた。
「いや、だから、あの子のこと好きなのか」
 するとテレビの方に再び視線を戻した高梨が言った。
「うーん、僕、そういうの経験ないから」
 は? 今何と? 女の子を好きになったことがか? 付き合ったことがか? いやもしかして他のコトが経験ないってことか? この年で? 
 あいつはテレビの笑いのツボと違うところで大笑いしている。もうこの話題には興味がないらしい。俺も追及する気も失せた。
 そうか。高梨はいろんなことに未経験のかわいそうな奴だったんだ。よし。それならいろんなことにお兄さんの俺が、一肌脱いでやるか。

 いや、まて。高梨がサキちゃんを好きじゃないのなら、話しが別だ。なぜ、あんなかわいい彼女に興味がないのだろう。
 そしてあの日、そんな俺の疑問を跳ね返す事実を知ることになった。

 それは俺がクリーニング品の配達に車で出かけた時の事だった。大崎商店街通りのコンビニの前に差し掛かったとき、ガラスの向こうの店内で漫画を立ち読みしている高梨を目撃したのだ。あいつ時々仕事中にふらっといなくなるが、こんな所で油売っていたのか。とっちめてやる。そう思って車から降りた。そこで俺は高梨の不可思議な行動に気が付いた。
 高梨は手には漫画を持っているが、目は手元を見ていない。あいつの目線をたどって理由が分かった。
 コンビニの前の道路を挟んで向かい側にある店はサキちゃんが勤めている喫茶店だった。あいつはコーヒーを運ぶサキちゃんの動きに合わせて目で追っている。立ち読みしている振りをして、目はサキちゃんに釘付けだ。
 おいこら! それじゃあ、まるでストーカーだろう。
 これってつまり、高梨は俺の前では彼女に気がない素振りを見せて、実は惚れていたのか。俺がサキちゃんを好きだったのを知って、気を遣っていやがったのか。あいつ、どういうつもりだ。居候している身のせめてもの心遣いのつもりか。馬鹿にするな! そんな事しなくても俺は女に不自由してな……くもないけど。それでも俺にはプライドがある。 
 あいつに女を譲られたなんて腹立たしさがふつふつと湧き上がった。日頃から不愉快にさせられても耐えてきた俺だが、今度ばかりはかなり頭に血が昇った。
 お前ら結局両思い? へいへいそうですか。あほらし。いつまでもそこでストーカーしてろ。
 俺は運転席に戻ってドアを勢いよく閉めて、車を急発進させた。

 その日以来俺は高梨と口をきかなくなった。これにはさすがに鈍感な高梨も気になるらしく、ねーねーなんで黙ってるのと背後から忍び寄って耳元でささやく。俺に目撃されたとはよもや知るはずもないあいつの、しつこいねーねー攻撃に無視攻撃で対戦する。小さいな、俺。かすかに頭をかすめた。
 構って貰えないと限界がくるらしい。高梨が子供のような声で叫んだ。
「何? 山田、今頃反抗期? だったら僕も朝晩ゲームに明け暮れる不良少年になってやるからね!」
「いや、それ、普通に現代っ子の姿だろう。それに、この年じゃあ少年とは言わない」
 と、言い終わる頃には、あいつは後ろにはいなかった。奴はテレビの前で楽しそうにゲームに熱中していた。
 なんなんだ。こいつは。一気に脱力した。

 その日の夕方、近所のおばさんが、たくさんのおはぎを御裾分けしてくれた。そういえば、最近よく近所の人からものを貰う。
 すると高梨がしみじみと言った。
「隣のタバコ屋のおばあちゃんもおはぎ好きなんだよね。この辺りって独り暮らしのお年寄り多いんだよ。僕、持って行ってあげようかな。ああ、その前に」
 高梨はおはぎを二つ、小皿に取り分けて、八畳間の棚の上にある、俺の両親の位牌の前に置いて軽く手を合わせた。
 台所に戻ってくると「軟らかいうちに持って行ってあげたほうがいいだろ」と言って、おはぎを皿に四つのせて急いで店を出て行った。

 高梨はこっちに来てまだ数ヶ月しか経っていない。でも俺は近所のどこの家が年寄りの独り暮らしなのか、その人の好物まで知らない。あいつにお使いを頼むとなかなか帰って来ないのは、年寄りの話し相手にでもなっていたのか。
 高梨の意外な一面を見た気がした。いや、違う。俺が見ようとしていなかったのか。俺はあいつといるといらいらするが、嫌いかと言えばそうではない。このおはぎも、高梨がいるから貰えるのだ。確かに高梨が店にいると、お客さんとの会話もふわりとして場が和む。家の中に赤ちゃんがいるだけで優しい雰囲気に包まれるように、あいつは居るだけで周りに柔らかな空気を振りまく。それは俺にはない、あいつのチカラだ。サキちゃんは俺より先にそれに気が付いたのだ。悔しいような、ほっとしたような気分だ。俺より高梨のほうが大人なのかも知れない。なんだか自分が恥ずかしい気になって、おはぎを一口頬ばった。
 高梨は二時間後、みかんをたくさん抱えて帰ってきた。

 俺は高梨とサキちゃんに上手くいって貰いたい。今、心からそう思える。
 だがしかし、高梨に「俺の事は気にせず、あの子と付き合え」と言っても意地を張って言う通りにはしないだろう。かと言って、彼女から告白しても、俺に気兼ねして、うんと言わないかもしれない。
 まったく手の掛かる男だ。俺は豪快な寝相と盛大ないびきを製造するこの男の横に座って、煙草に火をつけた。薄暗い部屋の中に、白い煙が広がる。俺は二本目の煙草を吸い終わる頃に、ある名案を思い付いた。

 翌日、夕飯の弁当を買ってコンビニから戻ってきた高梨。僕唐揚げと言いながら休憩室のテーブルの上に、袋から出した弁当を並べている。俺はお茶の用意をしながら話を切り出すチャンスを窺う。嬉しそうに唐揚げを食べる高梨の前に湯呑みを置いて、対面に座る。あいつを上目に見ながら「あのさー」と呟くように言ってみる。
「サキちゃん、今夜実家に帰るんだとさ」
「えっ」
 高梨は箸で挟んだ唐揚げを床に落とした。
「帰ってお見合いするんだって。本当は好きな人がいたんだけど、振り向いて貰えないから諦めて今夜の夜行バスで発つって言ってた」
 高梨から視線をそらさず俺が言った。高梨は目を泳がせながら、唐揚げを落としたままの姿勢で固まっていた。しばらくの沈黙の後、高梨は明らかに動揺した声で「へえ、そうなんだ」と言った。
「どうするよ」
「どうって。どうもしないよ」
 俺と目を合わさず、上擦った声で答える。高梨に普段のにこやかな表情はない。
 何を考えている。サキちゃんのことか。俺のことか。迷う必要などない。今が答えを出す時なんだ。
 高梨は見据える俺の方を見もしないで、うつむいて目の焦点が合わないまま、貧乏ゆすりを続けている。床に落ちたままの唐揚げ。
 痺れを切らして俺が叫ぶ。
「余計な事を考えるな。決断しろ! 高梨!」
 その言葉に後押しされたのか、高梨はうつむいていた頭を上げ、棚に駆け寄り包装紙を乱暴に剥がしてマフラーを握りしめた。普段のあいつからは想像も出来ない真剣で決意に満ちた目つきになった高梨は、マフラーを持って店を飛び出した。
 やれやれ、世話の焼ける男だ。俺もあいつの後を追って店を出た。

 商店街を抜けた大通りにある高速バス乗り場。一キロはあるそこまで全力疾走する高梨。俺もその後ろを必死に追いかける。しかし、あいつ速えーな。こんなに速く走れるのに、なんでいつもぐずぐずしてんだよ。はあはあ息を切らして遅れてバス停までたどり着くと、バス停のベンチに座るサキちゃんを見つけ、彼女の向かい側に立って、息を切らしながら前かがみに膝に手を当てている高梨がいた。彼女は高梨を見上げると「どうしたの」と言って立ち上がった。
「よ、良かった。ま、間に合った」
 声も絶え絶えに高梨がほっとした顔をして言った。息が落ち着くのをサキちゃんは黙って待っている。
 その様子を電柱の陰に隠れて俺は見守った。
 しばらく向かい合ったまま沈黙に包まれる二人だったが、ようやく高梨がひとつ深呼吸をしてから声を発した。
「す、すきです。付き合ってください」
 なんともオーソドックスな告白だな、おい。ひねりなさい。でもあいつにしたらよくやったよ。
 サキちゃんは笑顔で泣いている。指で涙を拭きながらコクリとうなずいた。
 ほら、高梨。涙を拭いてやるとか肩を抱くとかキスするとかしろ。頭を掻いて時刻表見ている場合じゃないだろ。
 だいたい実家に帰るというのに大きな荷物も持たず、手ぶらに近い格好でバス停にいる、その時点で嘘だと気付きなさい。
 自分で涙を拭っているサキちゃんは、電柱からはみ出た大きな体の怪しい存在に気付いてこちらを見た。俺は彼女に目くばせをして、右手を握って親指を立てて合図を出す。だっせー。

 さて、ひと仕事終わった。家に帰るか。俺は走ってきた道をひとりでゆっくり引き返す。
 ポケットに手を突っ込み、煙草を取り出した。立ち止まって火を点けて、夜空に向かって煙を細く吐き出すと、心地よい夜の風がすぐに白い煙を消し去った。空の上にはお月さんが優しく俺を照らしている。俺の春はまだ遠いさ、お月さん。春は訪れなくとも、二人の恋の成就を見届けて不思議と爽快な気分だ。あいつの照れくさそうな笑顔がとても新鮮に思える。俺は一人っ子だけど、兄弟ってのは、こんな感じなのかもしれない。喧嘩をしても目に見えない絆がある。

 さあ、帰ろう。今は俺ひとりじゃない山田クリーニング店へと。とにかく俺はあいつのお陰で忙しい。まず部屋を暖めて、酒の用意をしよう。そして、どうしようもなく馬鹿で楽天家で厄介者の、親友の帰りを待つのだ。



                                        了





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【2008/06/06 10:11】 | エンタテイメント小説
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